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2.ユニバーサルデザインの事例と動向
 
#74 クリアービジョン、クリアーシティ
 
─ シンガポールのアーバンデザイン ─
 
曽川 大/ユニバーサルデザイン・コンソーシアム事務局長
 

シンガポールはわかりやすい。初めての訪問者でさえ、都市構造を把握するのに時間はかからない。政府の強力なリーダーシップのもと、長期的かつ柔軟な計画を着実に推し進めた結果だ。

  シンガポールの風景1
 

 

 

マスタープラン
 

シンガポールは、赤道直下にある小さな国だ。面積およそ660平方キロメートルと、東京23区程度の国土に、中国系、マレー系、インド系など人口約320万人が暮らす。1965年の独立後、わずか35年で、「アジアの奇跡」と言われた高度経済成長を達成。現在は金融都市としてアジアにおける経済大国の地位を不動のものとした。

経済繁栄とともに、シンガポールはガーデンシティと呼ばれるほど緑豊かで快適な都市を築きあげた。中枢を担うのがURA(Urban Redevelopment Authority:都市再開発機構)である。国土開発をはじめ、都市再開発、公共事業、公共住宅、工業団地といった国土づくりにおける計画から推進までを取り仕切る。その強さは、国土の8割を国有地が占めることにある。開発の際、計画遵守を条件に民間セクターに公共用地を払い下げているのだ。政府が土地を、民間が資金やノウハウを提供するしくみである。

URAが所管する長期計画は、国土利用・都市計画の骨格となる「コンセプトプラン」と、具体的・詳細な計画の「マスタープラン」から成る。コンセプトプランは、10年毎に見直され、これまで1971年、1991年、2001年の3回にわたり作成された。一方、現在のマスタープランは2003年に策定されたもの。こちらは5年毎に見直されるため、2008年版のドラフトが開示されている。パブリックコメントはフィードバックされ、新マスタープランに反映される。
 

高度1600メートルから眺めた中心市街地のモデル   写真:URAはマスタープランを公開するとともに、シティギャラリーにおいて、高度1600メートルから眺めた中心市街地のモデルを展示している。埋立てによる国土拡張やゾーニング、自然や歴史との共生計画が一目瞭然だ。
 
シンガポールの風景2   写真:金融街を背景に埋め立てが進む。2010年には、新たな観光資源開発の一環として、ユニバーサル・スタジオや水族館を擁する巨大カジノリゾートがセントーサにオープンする予定。
 

シンガポールの風景3

  シンガポールの風景4
 

シンガポールの風景5

  写真:シンガポール・リバー沿いは娯楽と憩いの場。プロムナードに沿って娯楽施設や商業施設が建ち並ぶ。ファサードには、船荷倉庫など歴史な面影を残す建物が多い。
 
 
人間中心のまちづくり
 

URAによるまちづくりの象徴が、シンガポール・リバーの再開発である。同国は1819年に英国に植民地化されてから、川を貿易の拠点に発展した経緯がある。ところが、1970年代は廃棄物と下水でウォーターフロントは衰退してしまった。1977年、リー・クァン・ユー首相(当時)は大浄化政策を発動。10年後には見違えるほどきれいになった。URAはマスタープランに基づき、ボート・キー、クラーク・キー、ロバートソン・キー(「キー」は波止場の意味)の各地区を老若男女で賑わう憩いの場に蘇らせた。

景観では、貿易で栄えた建造物を残すために、ファサードには手を加えない方針を立てた。民間デベロッパーは歴史的面影を残しつつ新たな用途に応じて内装を一新。96ヘクタールにおよぶ開発地区を娯楽、宿泊、小売、オフィス、住居として一体的に整備していった。

交通インフラも人間中心に計画されている。人口密度が高いシンガポールにとって、人と車の共生は重要課題だ。そこで、市街地の渋滞を解消ために、ERP(Electronic Road Pricing:電子道路課金制度)を導入した。車載器と道路上のガントリーが通信を行い、自動で料金を徴収する仕組みだ。日本の高速道路で採用しているETCと似たシステムと思えばよい。

料金は通行量の多い場所や時間帯ほど高い。約40円〜400円で5分毎に設定される。一方、違反車両の罰金は、約750円と通常の通行料より高額。ドライバーは車両にシステムを搭載せざるを得ない。他方でICカードは多目的カードとして、ガソリンスタンドや駐車場、スーパー、自動販売機での支払いにも使えて便利だ。システム導入の結果、現在では平均時速30キロのスムーズな交通の流れが実現している。

政府が力を注ぐのが、MRT(Mass Rapid Transit:都市型高速鉄道)やLRT、バスといった公共交通網である。MRTは都心部では地下を、郊外では高架線を走る。南北線、東西線、北東線の3本が、80キロの路線でカバーする。路線ごとにラインカラーがあるので迷うことはない。LRTはMRTの支線として駅と団地群を結び、バスは鉄道を網の目のように補う重要な役割を果たす。どの公共交通も安くて、快適な市民の足として定着している。URAは公共交通へのシフトを一層促すため、自宅から駅やバス停まで徒歩でアクセスできるまちづくりに取り組む。郊外では、MRTの駅を中心にショッピングセンターや公共住宅を配置する計画が次々と進行中だ。
 

清掃作業員   シンガポールの風景6

写真:朝の清掃作業。シンガポールがきれいなのは、罰金制度よりも清掃が行き届いているため。
 
シンガポールの風景7   写真:市街地ではERPで料金を自動徴収して交通量のマネジメントを行う。
 
MRTの地下鉄1   MRTの地下鉄2

写真:MRTの地下鉄はホームドアを完備。ラインカラーや駅番号で迷うことはない。交通マナー違反への罰則は厳しく、喫煙はおろか飲食も罰金の対象とされる。痴漢の被害は皆無という。
 
 
まちづくりのプラン   シンガポールの風景8

写真:公共交通へのシフトを促すため、自宅から駅やバス停まで徒歩でアクセスできるまちづくりが進行中。
 
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