URAによるまちづくりの象徴が、シンガポール・リバーの再開発である。同国は1819年に英国に植民地化されてから、川を貿易の拠点に発展した経緯がある。ところが、1970年代は廃棄物と下水でウォーターフロントは衰退してしまった。1977年、リー・クァン・ユー首相(当時)は大浄化政策を発動。10年後には見違えるほどきれいになった。URAはマスタープランに基づき、ボート・キー、クラーク・キー、ロバートソン・キー(「キー」は波止場の意味)の各地区を老若男女で賑わう憩いの場に蘇らせた。
景観では、貿易で栄えた建造物を残すために、ファサードには手を加えない方針を立てた。民間デベロッパーは歴史的面影を残しつつ新たな用途に応じて内装を一新。96ヘクタールにおよぶ開発地区を娯楽、宿泊、小売、オフィス、住居として一体的に整備していった。
交通インフラも人間中心に計画されている。人口密度が高いシンガポールにとって、人と車の共生は重要課題だ。そこで、市街地の渋滞を解消ために、ERP(Electronic Road Pricing:電子道路課金制度)を導入した。車載器と道路上のガントリーが通信を行い、自動で料金を徴収する仕組みだ。日本の高速道路で採用しているETCと似たシステムと思えばよい。
料金は通行量の多い場所や時間帯ほど高い。約40円〜400円で5分毎に設定される。一方、違反車両の罰金は、約750円と通常の通行料より高額。ドライバーは車両にシステムを搭載せざるを得ない。他方でICカードは多目的カードとして、ガソリンスタンドや駐車場、スーパー、自動販売機での支払いにも使えて便利だ。システム導入の結果、現在では平均時速30キロのスムーズな交通の流れが実現している。
政府が力を注ぐのが、MRT(Mass Rapid Transit:都市型高速鉄道)やLRT、バスといった公共交通網である。MRTは都心部では地下を、郊外では高架線を走る。南北線、東西線、北東線の3本が、80キロの路線でカバーする。路線ごとにラインカラーがあるので迷うことはない。LRTはMRTの支線として駅と団地群を結び、バスは鉄道を網の目のように補う重要な役割を果たす。どの公共交通も安くて、快適な市民の足として定着している。URAは公共交通へのシフトを一層促すため、自宅から駅やバス停まで徒歩でアクセスできるまちづくりに取り組む。郊外では、MRTの駅を中心にショッピングセンターや公共住宅を配置する計画が次々と進行中だ。
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