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2.ユニバーサルデザインの事例と動向
 
#72 大人から子どもまで誰もが楽しめるオーストラリア生まれのUDスポーツ
 
─ アクセスディンギー ─
 
仲田裕紀子/ユニバーサルデザイン編集部
 

ユニバーサルスポーツとして、近頃、注目を集めているアクセスディンギー。
オーストラリア生まれのこのヨットは簡単な説明を受けるだけで、すぐに操船できるようになり
一度乗ると、風を切って波間を進む爽快さに誰もが夢中になってしまう。
マリンスポーツは初めてという人でも手軽に楽しめるスポーツとして普及しつつある。

写真:ディンギーとは、足舟のことをいい、小型のヨットを指す

  「足舟」を意味するディンギー
 

 

 

テレビゲームのような手軽さで操作できるヨット
 
 JR土浦駅近く、霞ヶ浦湖畔にあるラクスマリーナには、ボートやヨットが多く停泊し、マリンスポーツを楽しむ人のほか、遊覧船に乗ってのんびりと休日を楽しむ親子連れが訪れていた。マリンスポーツというと、体力的にも経済的にも恵まれた人たちのスポーツといったイメージがあるが、子どもや障がいのある人など誰にでも楽しむことのできるのがアクセスディンギーというヨットだ。
 全長約2.3メートルのヨットに乗り込み、インストラクターに指導を受けながら操船してみた。アクセスディンギーは転覆しない構造で、ジョイスティックを左右に倒すだけで方向転換できる。操作は片手ででき、ジョイスティックという名前通りテレビゲームのような手軽さで、子どもでもすぐに操作できる。あとは風向きを見ながら、帆を張ったり弛めたりすればスピードのアップダウン、さらにはその場に止まることも思いのまま。水面近くを滑るように進み、5分もすると初心者でも周囲を見回す余裕すら出てきた。これも沈まない船だという安心感があるからこそ。
 彼方にはヨットの白い帆が見える。国体出場選手たちの練習だという。誰もがアスリートたちと同じ場所で水辺の楽しさを体験できるのも魅力のひとつだ。目の見えない人も、車いすを利用している人もアクセスディンギーを操縦している時は、日ごろのストレスを忘れ、自然を満喫できる。
 湖面から吹く風が心地いい。遊覧船が横を通って大きな波がきたり、急な風が吹くと左右に揺れるが、大きく傾くことはない。動力は風だけなので、ゆったりと自分のペースで進むことができる。アクセスディンギーは誰にでも楽しめるユニバーサルスポーツだと納得した。
 ラクスマリーナではインストラクターが同乗する体験コースが用意されているので気軽に体験できる。さらに1人で乗りこなしてみたいという人には、3回で終了する初級ヨット教室もある。
 
カラフルなアクセスディンギー   写真:カラフルなアクセスディンギー。1人用と2人用がある
 
座席の様子   写真:ゆったりとハンモックタイプの座席に座って、レバー1本で操船できる
 
 
 
誰もが人生を楽しむためのセーリング
 

 アクセスディンギーは、1985年頃にオーストラリアで誕生した。障がいのある人や未経験者でも簡単に乗れるよう設計されていて、現在では欧米を中心に広がり、最近では日本をはじめとするアジアにも普及しつつある。
 通常のヨットは舵棒や舵輪を使って方向転換を行うが、アクセスディンギーはジョイスティック1本で向きを変えることができる。運動に自信のない人や体が不自由な人でも簡単に操船が可能だ。また通常のヨットが、進行方向に対して体を横向きにして乗るのに対し、ナイロンメッシュのハンモックのシートに前向きに座ることができるので、前からやってくる障害物を見逃すことも少なく、操船に集中しやすいのも特長。ハンモック・シートは、船底から数センチ浮いているので、たとえ船内に水が入っても服が濡れにくいというメリットもある。
 さらにアクセスディンギーの安定性には、重さ25キロほどのセンターボードに秘密がある。センターボードを船の底から水中に沈めることで、横流れや転覆を防ぐ。この高い安定性こそが、子どもや、障がいのある人、未経験者でも簡単にセーリングを楽しめるポイントとなっている。もうひとつは、ブームと呼ばれる帆げただ。帆を張るために取り付けられたブームは、頭よりも高い位置にあるためぶつかる心配もなく、操船中は存在すら気にならないほどだ。
 日本にアクセスディンギーが導入されたのは、1999年にNPO法人「セイラビリティジャパン」が4隻取り入れたのが始まりだという。セイラビリティジャパンは、あらゆる種類と程度の障がい、また年齢や性別、経験、財政的な余裕に関係なく「誰にでもできるセーリング」の「セイラビリティ(Sailability)活動」を日本で普及する団体として発足した。
 セイラビリティの活動は、80年代にイギリスの王室ヨット協会が中心になって始まり、障がいのある人たちにも人生を楽しむためにセーリングの機会を持ってもらおうというもの。
 1991年にこの活動がオーストラリアに伝えられ、ユニバーサルスポーツのアクセスディンギーを中心とした「誰にでもできるセーリング」運動と合流し、1999年に日本にも伝えられ「セイラビリティジャパン」の発足へとつながった。
 その考えに賛同し、アクセスディンギーの普及に取り組んでいる団体のひとつがラクスマリーナだ。2004年にセイラビリティジャパンからアクセスディンギーを2隻借りて活動を開始、2005年にはマリーナが新たに2隻を購入した。現在4隻のアクセスディンギーを使って活動している。ラクスマリーナにアクセスディンギーの導入を働きかけたのが専務取締役の秋元昭臣さん。秋元さんは、京成ホテルのバリアフリー化に取り組み、ラクスマリーナをバリアフリーマリーナへと推進してきた人物である。「マリンスポーツをできるだけ多くの方に楽しんでいただきたいという思いでスタートしました。アクセスディンギーの安全性や操作方法などは、利用者のみなさん、看護師、ケアマネージャーや理学療法士、作業療法士などの専門家と相談しながら進めていきました。私たちだけの力では難しかったと思います。また障がいがある人が参加するイベントの開催には、介助を行う人やボランティアの人たちの協力が必要不可欠です」。
 さらに「2月の寒い時期に知的障がいのある子どもたちに体験をしてもらいました。風速10メートル以上ある日でしたが、安全に楽しんでもらうことができて何よりでした」とも。スタッフとボランティアのサポートで体験会はスムーズに行われたという。
 

「誰でも楽しもう霞ヶ浦」に参加する子どもたち   写真:ラクスマリーナで実施されたイベント「誰でも楽しもう霞ヶ浦」。ヨット、カヌー、ドラゴンボート、モーターボートを思い思いに楽しむ子どもたち
 
障がいを持つ人の小型船舶免許取得をサポート
 

 ラクスマリーナでは、アクセスディンギーだけではなく、障がいのある人がさまざまな船舶免許を取得するためのコースが揃っている。モーターボートは、ヤマハの免許教室が開かれており1級、2級、特殊小型の免許取得が可能。学科と実技の講習を受け、国家試験に合格すれば誰でも免許を持つことができる。
 障がいを持つ人は、受講前に「相談会」で身体状況などについて適性を見ることが必要になる。「相談会」は(財)日本海洋レジャー安全振興協会が指定した場所で行う。横浜のベイサイドマリーナ、新木場の夢の島マリーナや霞ヶ浦のラクスマリーナなどバリアフリーマリーナで行われる。
 小型船舶の操船可能か否か、自分自身で乗下船ができて操舵席に座れるかどうかを確認。また非常時に、船長として乗客を安全に下船誘導できるかなどの適正検査も含まれている。必要な場合は、条件付の免許が交付され、操縦する際は手すりなどの船舶に安全に乗下船できる装置がついた船舶であれば操縦が許されるシステムとなっている。(社)日本マリーナ・ビーチ協会認定の優良マリーナにも指定されているラクスマリーナでは、施設のバリアフリー化にも積極的に取り組んでいる。現在、クラブハウスは仮設だが、多目的トイレも完備されている。2010年5月にはユニバーサルデザインの新しいクラブハウスと日帰り温泉施設がオープンする予定。
 ソフト面では視覚障がいを持つ人のために駅からの「言葉によるナビ」や「触れてわかる乗船水域地図」などもそろえている。
 海の上の爽快感やスピード感を経験し、マリンスポーツの虜になる人も多い。秋には車いすの船長さんのマリンクラブを立ち上げる計画もあるという。アクセスディンギーの普及で、今後は幅広いマリンスポーツ愛好者が増えていくことだろう。
 

操船を楽しむ人たち
  写真:さわやかな風に吹かれて操船を楽しむ
 
手づくりの「マリーナ水域・立体地図(触図)」   写真:触れてわかる、手づくりの「マリーナ水域・立体地図(触図)」には点字表示も付いている
 
パイプ椅子を取り付けたアクセスディンギー
  写真:座位を保つのがむずかしい人のためにパイプ椅子を取り付けたアクセスディンギー
 
秋元昭臣さん   写真:アクセスディンギーの構造を説明する秋元昭臣さん
 
ラクスマリーナ
茨城県土浦市川口2-13-6
TEL:029-822-2437
FAX:029-826-2839
http://www.lacusmarina.com/
 
 
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