視覚障がいのある人も使いやすいATMの導入など、大手銀行がユニバーサルデザイン(UD)化をめざす動きが高まっている。中でも建物からサービスにいたる多面的なUD化「ハートフルプロジェクト」を推進しているみずほ銀行は、その取り組みが評価され2006年に東京都の「福祉のまちづくり功労者に対する知事感謝状」を受賞。2007年には店頭サービスと金融商品の充実度を調べた「銀行リテール力調査」(日経新聞、日経リサーチ共同)で総合1位を獲得した。
写真:みずほ銀行六本木支店 2007年3月に六本木支店・横浜駅前支店、大船支店の3店舗をハートフルプロジェクトモデル店舗に指定。さまざまな取り組みを試行し、他店舗の快適化に反映させる
プロジェクトを取りまとめるのは経営企画部。経営企画部・企画第二チームの三輪薫さんは、全体プランをつくるために「行内の多くの関係部署や、UDの専門家を擁するグループ会社のみずほ総合研究所と連携し、基本計画を策定しました。また、基本計画に基づく個別課題の実施にあたっては、4名の外部有識者で構成するハートフルアドバイザーの方々から、銀行よがりの施策にならないようアドバイスをいただきながら進めています」と話す。 ハートフルアドバイザーはトリノパラリンピック2006年金メダリストの大日方邦子さん、ともにユニバーサルデザイン国際会議で「第1回ロン・メイス21世紀デザイン賞」受賞経歴をもつ古瀬敏さん(静岡文化芸術大学デザイン学部教授)と川内美彦さん(一級建築士)、まちづくりのUDなどを専門とする煖エ儀平さん(東洋大学ライフデザイン学部教授)の4名。各専門分野からマニュアルや店舗づくりの指導をするほか、半年に1度4名が一堂に介す「ハートフルアドバイザー会議」で銀行担当者らと意見交換を行う。 「過去に、部分的なバリアフリーの取り組みはありました。ただハード・ソフト・ハート面におよぶ広範な取り組みは初めて」と三輪さんが話すように、多面的かつ横断的な点がプロジェクトの特長。専門領域を担う各部署の動きに横串を通すのも経営企画部の役目だ。 銀行業務は担当部署が細分化されており、例えば設備面でいえば、同じフロアにあるATMと受付システムでも部署がわかれ、ソフトに関しても顧客向け書類とパンフレット類で担当部署は異なる。そこで、各部署の担当者が集まる「ワーキンググループ会議」を月1度実施し、現状把握と情報の共有化を図っている。 専門家や担当者間の会議でのみ方針を決めず、みずほ総合研究所の協力のもと、高齢者や障害者の意見を直接聴く機会を設けたり、顧客とじかに接するスタッフの声を吸い上げる仕組みも整えた。「本部の施策を一方的に押し付けるのではなく営業店の提案を受け入れ、施策立案に役立てています」と三輪さん。
現在行われている具体的な内容をあげると、ハード面では、東京都の建築物バリアフリー条例などをふまえてバリアフリー化の基準を策定。全国の店舗において、通路幅の整備や点字ブロックの敷設、車いす使用者用駐車場の設置、エレベータ、トイレの設置などの整備を進めている。 店舗レイアウトに関しては支店業務部・店舗室が、建物の設備に関しては専門家としての技師を擁するグループ会社のみずほオフィスマネジメントがそれぞれ担当し、連携して整備にあたる。「『みずほハートフル店舗改修基準(マニュアル)』に基づき店舗室と基本計画をつくりますが、構造や立地状況が異なる中でいかに統制を図るかが課題。また、仕上がりの標準化を保つため、工事を担当するゼネコン各社の施工にブレが生じないよう細かいチェック体制をつくっています」とみずほオフィスマネジメントの佐藤拓さんはいう。 プロジェクトをスタートさせた当初は、UD化に対する温度差があった。「トイレは防犯上ネックになる可能性もある」「エレベータをつくるなら、その分営業用の窓口を増やすべきでは」などの声が行内からあがった。「逆にロビー担当のスタッフたちの反応はきわめて積極的でした。使いにくさのご指摘などをお客さまから直接受ける彼らにとってはごく当然の流れ。時代の要請だと強く感じました」。支店業務部・店舗室の道下俊治さんは話す。
ソフト面での取り組みでは、主に顧客対応や書類、インターネットコンテンツの質向上をめざす。営業店窓口に筆談などの準備があることを伝える「耳マーク表示板」、「筆談用ホワイトボード」や「コミュニケーションボード」の設置をはじめ、インターネットバンキングでもわかりやすい説明画面にして操作性を上げるとともに、一部機能では視覚障がい者の利用にも配慮した。パンフレットは大きな文字と図版を取り入れ、読みやすさと理解しやすさから改良を加えるほか、顧客記入用の書類や伝票類も「見やすい・分かりやすい・書きやすい」ものへの改訂を進めている。 ハート面では、呼び名の通り、銀行で働く人すべてに対してUDや思いやりの心(ハート)をレベルアップさせるための取り組みを展開している。高齢者や障がいのある人、妊婦、外国人などへの対応をまとめたマニュアルを、パートスタッフを含めたすべての行員に配布するほか、研修用ビデオも作成した。 ビデオには、ハートフルアドバイザー自身も出演・監修し、高齢者への伝票記入の説明方法など具体的な対応を解説したものだが、「店舗状況が異なるので、ただ見て終わりではなく、実際に自分たちの店舗ならどう対応できるかをディスカッションしてもらいます」とお客さまサービス部・CS企画チームの西山信子さん。 さらなるサービス強化に向け、全営業店のロビーコンシェルジュ(ロビー案内を含めた総合案内係)とロビースタッフ(ロビー案内係)計2300名を対象に車いす操作法など実技を含めた1日集合研修を実施。加えてロビーコンシェルジュには「サービス介助士」(NPO法人日本ケアフィットサービス協会認定)の2級資格取得を支援する。約250名のロビーコンシェルジュのうち3分の2が同資格を取得した。
2006年12月にはプロジェクトの取り組みが、東京都から評価され「福祉のまちづくり功労者に対する知事感謝状」を金融機関として初めて受賞。また2007年には全国121行を対象に、サービスと金融商品の充実度を比較した「銀行リテール力調査」(日本経済新聞社、日経リサーチによる共同調査)で総合1位を獲得した。 効果検証も随時実施する。店頭に設置した「お客さまの声カード」で意見を集めるほか、「支店のバリアフリー対応」などの項目を加えたCS調査を年2回行う。「近頃では施策に対するお褒めの言葉も増えています」と三輪さんは笑顔を見せる。各店の工夫は地域性を考慮し、高齢者層などへの配慮だけでなく、キッズスペースの設置などお子さま連れの家族を対象に、快適なロビー環境の提供を目指している店舗もあるという。より利用者を増やす銀行になるために、UDの視点は欠かせなくなっている。