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2.ユニバーサルデザインの事例と動向
 
#68 地方発、ユニバーサルデザインの新潮流
 
第1回全国ユニバーサルデザイン市区町村シンポジウム
 
曽川 大/ユニバーサルデザイン・コンソーシアム研究員
 
 
 

 

 
 
 ユニバーサルデザイン(UD)の推進を直接担うのは、住民に身近な基礎自治体である。最近では条例化をはじめ、さまざまな取り組みが報告されている。8月25日と26日、長野県松本市において、市制100周年のメインイベントとして、第1回全国ユニバーサルデザイン市区町村シンポジウム(主催:まつもとユニバーサルデザインネットワーク研究会、共催:松本市・松本市制施行100周年記念事業実行委員会、ユニバーサルコンソーシアム)が開催された。
 初日は第一部として、市民代表による松本市へのUD提言からはじまり、UDサポーターの紹介、小学生による作文発表などを、第二部には、熊本県潮谷義子知事による基調講演並びに首長を迎えてのパネルディスカッションを行った。二日目はUD公開講座として、住まいづくりワークショップ、ものづくりワークショップ、そして街づくりワークショップを開催。延べ450名の参加者が身近なUDの実践に思いを馳せた。
  松本城写真:開催地は北アルプスを望む国宝松本城の城下町
 

 

 

◆基調講演
 

「ユニバーサルデザインのまちづくりに向けて」
〜ハートとハードが響きあう〜
潮谷義子熊本県知事

潮谷義子熊本県知事の顔写真

 
UDを県政の柱に
 
 松本市制100年周年の記念事業として、ユニバーサルデザイン(UD)について市区町村が議論をするこの取り組みに敬意を表します。住民のニーズを最も汲み上げやすいのは基礎自治体であり、熊本県でも、市町村とパートナーシップを組んでUDを推進しているところです。
 私は2000年のミレニアムにUDを県政の柱に掲げました。社会が大きな転機を迎えたからです。その一つが地方分権です。地方が自主決定、自己選択、自己責任において地域住民のさまざまなニーズを汲み上げて施策をつくる時代になったのです。
 そして男女共同参画社会や少子高齢社会が意識された年でもありました。介護保険制度が始まったのも、老いを社会全体で支えていくためです。さらに、「モノの豊かさから心の豊かさへ」と意識が変わっていった年でもあります。電気製品などモノの所有よりも、自分らしさ、個の存在が意識され始めたのです。
 私は県民中心の視点を県政として実践していくことをUDにより目指すこととしましたが、当初は県職員にもなかなかUDを理解してもらえませんでした。そこで、予算の折衝に際し、UDの視点が無いものは認めないことにしたのです。すると、県職員がいっせいにUDを学び始めました。
 私にとってUDとは、多様な人々の自己実現を具体化することであり、あらゆる人々の生活と社会の質を高める取り組みです。国籍や人種を超えたグローバルな社会づくりも求められます。UDを一言で捉えるなら、人権と定義できます。人権の無いところに平和はなく、平和の無いところに人権はありません。UDは時代が求め、これからの時代も必要としている概念なのです。
 
熊本県の取り組み
 
 熊本県はUDをさまざまな施策で推進しています。まず、県全体でUDを推進していくことができるよう、2002年にくまもとUD振興指針を策定し、まちづくり、ものづくり、情報・サービスづくりの分野ごとにUDの推進方策をまとめました。また、庁内に、知事をトップとしてUDを推進する推進会議などを設置するとともに、それぞれの分野でのUDを推進するため、UD建築ガイドライン、道路UD指針、UDホームページ作成ガイドライン、イベントのUDガイドラインなど15のガイドラインを策定しました。
 特に重視しているのが文字や色彩などです。熊本県の高齢者率は24.3%と、全国より7年早く進行しています。高齢者が増えるとともに、情報伝達を配慮しなければなりません。そこで県のホームページでは、字の大きさやコントラストを見る人によって自由に変更できるようにしました。また、ポスターやチラシでは、色覚シミュレーションモニターを使って事前に見やすいかどうかをチェックしています。
 UDの展開に不可欠なのはプロセスです。熊本県こども総合療育センターの建替えにあたっては、障害のある子どもたちや保護者、学校関係者、職員、地域の人々との意見交換を50回以上行いました。何度も実物大の模型を作り、すべての段階で広く意見を求めたのです。その結果、専門家だけでは見つからなかった問題が、ユーザーとの検証で発見されたこともあります。
 UDの推進では、パートナーシップが大切です。熊本県は県土の63%が森林です。間伐で森を豊かにし、木材を活用することを100年計画で行っています。その一環として、県産の木材を使い、UDを活かした住宅づくりを展開していきます。2005年、全国ではじめて、住宅金融支援機構と地元民間金融機関が連携し、この考えを活かした住宅を新築、改修する際、金利の軽減といった優遇措置を実施してもらいました。
 私は、これからのUD社会のインフラで求められるのはユビキタスだと思います。今年の2月、東大の坂村教授や国土交通省とともに、自律移動支援プロジェクトの実証実験を行いました。歩道に埋め込んだICチップにより、誰もが安全に目的地まで移動できるシステムです。今後、UD社会を支えるインフラとして、全国に広まることを期待しています。
 
 
 
◆パネルディスカッション
 

松本市の取り組み
菅谷(すげのや)昭松本市長

すげのや昭松本市長の顔写真

 日本は経済優先主義になり、人と自然、人と社会、人と人との関係が大きく失われています。松本も例外ではありません。北アルプスを頂く山紫水明に恵まれた豊かな地域を本来に姿に取り戻し、次の世代に引き継いでいくことが私たちの責務です。3年前に市長に就任して以来、公約として掲げてきた「命の質や人生の質を高める」ことに地道に取り組んでいます。暮してみたいと思わせる松本のまちづくりのため、「市民が主役」を基本姿勢に市政を進めています。特に、3つのK、健康づくり、危機管理、子育て支援に取り組んでいます。
 私は外科医出身です。レジデントとして過ごした聖路加国際病院で日野原重明先生(現理次長)から、患者や家族の立場にたった医療を厳しく教えられました。市政運営も同じです。市民の立場で市政を運営しなければなりません。そこで今年、UDの基本指針策定委員会を発足しました。市民参加のまちづくりに向け、20名の市民がメンバーに入り、ひとづくり、まちづくり、ものづくりやソフトづくりを考える3つの分科会を発足しました。今年度末には指針を策定する予定です。
 

UD住宅の取り組み
砂川敏文帯広市長

砂川敏文帯広市長の顔写真

 帯広市は全国に先駆け、1998年に住宅のUD設計指針を策定しました。99年には、情報発信と啓蒙のため、UDモデル住宅を建設しています。UD住宅の融資制度は、介護保険の準備が本格化した頃で、自宅介護の需要に応えるために取り組み始めました。一定の設計基準を満たした住宅の新築には500万円、増改築には150万円を上限として無利子で融資しています。返済期間は20年以内。年間20件程度の利用が続いています。審査員は、市が委嘱する専門家グループです。建築士や理学療法士、介護福祉士など5名程のチームがアドバイスする、相談会を開き、更に申請者のお宅をお伺いし生活状況を確認します。
 引き続き、UDをまちづくりの基本に位置づけるために公共施設のUD設計指針と居住環境UD指針を策定しました。さらに職員でUD推進の検討委員会を発足。市庁舎と行政サービスのUDに取り組んでいます。小中学校対象にUD教室も開いています。このように、ハードとソフト、ハートの三位一体でUDのまちづくりに取り組んでいます。
 

学校教育のUD
今井興治八幡市教育長

今井興治八幡市教育長の顔写真

 学校UD化構想は、少子化に伴う小中学校の再編整備が契機となっています。一方で単に学校の再編を行うのではなく、学校改革を行うための理念を示す必要がありました。そこで、UDの考え方に立った新しい学校づくりを進めるため、2005年に「八幡市学校UD化構想」を策定しました。八幡市ではUDの7原則に基づき、次の5つの要素で新しい学校づくりに取り組んでいます。
 
1.快適で安全な学習空間をつくる=空間的UD化
2.情報、コミュニケーションを円滑にする=情報的UD化
3.時間を有効化し、学校生活を豊かにする=時間的UD化
4.適正な費用でモノやサービスを提供する=経済的UD化
5.学校生活にゆとりをもたらし、ストレスを軽減する=心理的UD化
 
 そして、この学校のUD化を実現するために、次の7つの視点に留意しながら、具体的な取り組みをすすめています。
 
1.みんなで考え、改善する学校
2.楽しく、安全・円滑に学べ、利用できる学校
3.必要な情報がすぐわかる学校
4.使いやすい施設・設備のある学校
5.人と人が支え合う学校
6.まちづくりにつながる学校
7.自然と調和した学校
 
 さらに教育の「かたち(体制・仕組)の一新」と「きもち(発想・意識)の転換」に取り組んでいます。小・中学校の円滑な接続・移行を図るとともに、今年度、全小中学校が文部科学省から研究開発校の指定を受け、読み・書き・計算などを短時間繰り返すモジュール学習を行う「総合基礎科」を新設しました。ここでは、ニンテンドーDSソフトの活用により、効率的で効果的な学習方法=「八幡メソッド」を開発。すべての子どもたちの学力向上を図っています。
 

観光のUD
太田紘熙白馬村村長

太田紘熙白馬村村長の顔写真

 かつては一大スキーリゾートとして栄えた白馬村ですが、長野オリンピック以降、観光客の減少に歯止めがかからない状態です。唯一の基幹産業である観光産業の再構築を図らねば成りません。原点に戻り、ホスピタリティの精神で地域づくりを見直すためにUDに取り組むことにしました。まずは商工会を中心にUD観光の実践を目指しています。ハードよりもソフト面でいかに全体をボトムアップするかが課題です。
 最近増えている外国人観光客の誘致では、誘導手段として4ヶ国語(韓国語、中国語、英語、ドイツ語)表記のサインや地図に取り組んでいます。また、スキーシーズン以外でも、通年を通したグリーンシーズンでの魅力づくりも進んでいます。総合計画の中では、基本理念を「村ごと自然公園」としました。
 当面の課題は、UDの考え方の普及啓蒙です。UD講座を開き、基礎的な理解をまず深めます。UD観光を実現するために、何よりも自分たちが暮したい村づくりをすることを前提とします。同時に学校教育でもUDを取り上げ、次世代を担う人材を育成します。すばらしい「遠景」と自分たちの目線にある「近景」、そして人々のホスピタリティである「人景」の3つが機能する観光地にしていきます。
 

住吉広行まつもとユニバーサルデザインネットワーク研究会会長   写真:開会式で挨拶する住吉広行まつもとユニバーサルデザインネットワーク研究会会長
 
UD推進のサポーターの小学生と団長の狭間壮さん   写真:UD推進のサポーターの小学生と団長の狭間壮さん(松本市在住の声楽家)
狭間さんの提言。「行政と市民が手を携え、本当の意味で住みやすいまちづくりをすることを提案します。誰もが気軽に市役所の窓口を訪れ、体験を持ちより、提案できる窓口づくりと、そのための予算を組んでもらいたいと思います。」
 
作文を読み上げるサポーター代表   写真:作文を読み上げるサポーター代表。「松本の町に挨拶が広がればもっと賑やかになり、たくさんの人と心がつながり明るい町になると思う。」
 
国土交通省の三浦逸宏住宅局住宅総合整備課賃貸住宅対策官   写真:住まいづくりワークショップで住宅政策について講演する国土交通省の三浦逸宏住宅局住宅総合整備課賃貸住宅対策官
 
ものづくりワークショップ   写真:ものづくりワークショップでは、コクヨS&T株式会社が文具をとおしたUDの発想についてトレーニングを行う
 
街づくりワークショップのシンポジウム   写真:街づくりワークショップのシンポジウムでは、松本大学観光ホスピタリティ学科の講師や実践者を迎え、市民感覚のUD化を議論
 
ユニバーサルデザイン・コンソーシアムの梶本久夫代表理事   写真:パネルディスカッションのコーディネートを務めたユニバーサルデザイン・コンソーシアムの梶本久夫代表理事
 
 
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