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2.ユニバーサルデザインの事例と動向
 
#60 チョンゲチョン(清渓川)復元プロジェクト
 
    − エコロジーとユニバーサルデザインの遊歩道
 
                              曽川 大/ユニバーサルデザイン・コンソーシアム研究員
チョンゲチョンミュージアム全景
チョンゲチョン流域に建つチョンゲチョン・ミュージアム
 2005年10月1日、ソウル中心部に一大土木プロジェクトが完成した。総工費3,867億ウォン(約540億円)。3年の歳月をかけて地上と高架合わせて10車線の道路を撤去し、コンクリートの蓋で覆われた約6kmの下水道を清らかな流れに変えた。環境悪化で衰退する地域に、都市と自然が調和するかつてのチョンゲチョンが復元された。
チョンゲチョンの歴史
 

 訪れたのはチョンゲチョン・ミュージアム。チョンゲチョンの歴史や文化、未来のビジョンを伝えるため、2005年10月にオープンした。水路をイメージした長い硝子チューブ型のファサードが目を引く。エスカレーターで4階に上がり、緩やかなランプで繋がれた1階まで常設展示を観覧していく構造だ。

 ミュージアムのチーフキューレーター、Jo Young Ha(ジョー・ヨンハ)氏によると、首都ソウルの歴史は600年前に遡る。14世紀、初代朝鮮王朝の王、テジョ(太祖)がハンヤン(漢陽、現在のソウル)を首都と定め、第三代の王、テジョン(太宗)が遷都してソウルの歴史が始まった。当時のチョンゲチョンは、周辺の山の湧水を集めた川で都の中心を流れていた。大雨の度に氾濫する一方、普段は水量が少なく汚染が進んだので当時から埋め立てるべきとの意見があった。

 しかし、テジョンは自然の摂理に逆らうとして埋め立て案を退け、洪水でも流されない大規模な石橋を作った。その後、10代のヨンジョ(英祖)まで浚渫(しゅんせつ:水底をさらって土砂を取り除くこと)工事で川幅を広げ、石の壁を築いて水路を拡張。現在のチョンゲチョンができあがった。下水道でありながら主婦の洗濯や子どもの遊び場、さらには祭事に使われる庶民の生活の場として親しまれたという。

 1910年〜40年代、日本の統治時代になると、農地を奪われた農民たちがソウルに流入し、河川の堤防に無許可で生活し始めた。都市貧民の増加は河川の汚染を深刻化させ、チョンゲチョンは伝染病や犯罪の温床と化した。さらに洪水が頻発化したため日本総督府はチョンゲチョンを下水道へと機能特化させることを計画。全面的に蓋をして道路として使い、その上に高架鉄道を建設する構想を発表した。工事は1937年から始まったが、独立と朝鮮戦争の間は混乱や財源不足で放置された。再開されたのは1958年。1978年から本格的な閉鎖工事と高架道路建設が始まり、1976年に完成した。

                  
オープニングの様子
2005年10月、オープニングの様子。オープン後3ヶ月の間に、韓国人口の四分の一にあたるおよそ1千万人の人々が訪れた。
 車いすでも利用できるスロープが7箇所設置されている
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チョンゲプラザ
上流ゾーンの壁画
上流始点に設けられたチョンゲプラザ。大量の清水が流れ込む
過去と歴史をテーマとする上流ゾーンの壁画。朝鮮王朝の行列が描かれている
チョンゲチョン道路の老朽化と復元プロジェクト
 道路は高架と合わせて10車線で、一日平均16万8,500台の交通量があった。都心の動脈として機能したが、経年による老朽化は避けられない。しかも河川の底が鉛、クロム、マンガンなどの重金属に汚染され、一酸化炭素やメタンガスにより構造物の腐食が一層加速された。市は1994年から99年にかけて補修工事を行い、2003年には3年計画で1000億ウォン(約140億円)の補修工事を行う予定だったが、その場しのぎのやり方では安全が確保できないとの判断から根本的な解決を模索することとなった。

 一方、学識者や環境活動家の間では、これを機に環境共生型の都市開発を進めるべきとする声が高まり、1990年後半にチョンゲチョン復元プロジェクトが計画された。昔の清流を取り戻す思想は世論を動かし、2002年7月、ソウル特別市は計画遂行のための市民委員会を任命。同時に調査グループと基本計画やデザイン、実施を担当する推進本部を発足した。

中流ゾーンの噴水
下流ゾーンのビオトープ
文化と都市をテーマとする中流ゾーン。噴水を背景に水辺のテラスがある
自然と未来をテーマとする下流ゾーン。植生群落やビオトープを配している
基本計画とゾーニング
 

 基本計画では、5.4kmにわたって下水を覆っていたコンクリートと高架を取り払い、5.7kmの遊歩道を整備することとした。河川による街の分断を避けるために22本の橋(うち4本は歩行者専用)を建設する一方、2車線ずつの道路と歩道を商店街に沿った両岸に確保することも決められた。また、河川側にも幅1メートルの歩道を整備し、一定区間ごとに眺望スペースを設置した。河川と遊歩道へのアクセスとしては、階段17箇所と車いすでも利用できるスロープを7箇所用意している。

 全体は2km毎に3区域にゾーニングされている。各ゾーンは生態基本計画に基づき、歴史、文化、自然の3つの大きな時間軸に沿って計画された。始点となる上流ゾーンは歴史と過去がテーマ。朝鮮王朝の壁画をはじめ、平和を象徴する造形物と広場で復元のイメージを象徴した。中流ゾーンのテーマは文化と都市。自然との調和をモチーフとする現代アートの壁画をはじめ、水辺のステージや噴水、飛び石などを配置して都市空間での憩いの場を演出した。下流ゾーンは自然と未来がテーマだ。植生群落やビオトープを配して自然学習が体験できるようにしている。

 景観照明にも細心の配慮がなされた。照明には美しい景観を演出するだけでなく、水の景観や橋梁、植物、さらにはゾーニングの個性を生かすことが求められる。人々の安全に寄与する一方、植生物の生育にも配慮しなければならない。そこで、人々の集いの場にはアクセントとなる照明を、ビオトープには最小の照明地域を設定して自然への被害を極力避けることとした。

 ところで、清流を維持するためには水の確保が不可欠だ。水深40センチ、毎秒0.25mの流れを維持するためには、1日12万トンの清水を供給する必要がある。市は、15km下流のハンガン(漢江)から10万トンを、地下鉄のトンネルを経由した地下水から2万トンを引いて廃沈殿地させたり、下水処理場で適正水質になるまで浄化して供給した。そのうち57%は上流のプラザから、残りは噴水や滝のかたちで途中から放水している。

 
過去を引き継ぐ高架の柱
夜間照明
下流ゾーンには、過去の現実を未来に引き継ぐために高架の柱が残されている
夜間照明。集いの場にはアクセントとなる照明で夜景を演出
チョンゲチョン復元計画の影響

 復興から1年が過ぎ、さまざまな領域で成果が報告されている。都市開発では復元とともに成長の潜在力が高まり、金融や文化産業、ファッション、IT、観光といった高付加価値産業が発展しつつある。流域ではオフィスビルや高層住宅の建設が進み、土地の価格が30〜100%上昇。商業ビルの賃貸料は平均5%アップした。

 環境面では、窒素酸化物(NOx)や粒子状物質(PM)による大気汚染が軽減された。また、風通しがよくなったことで日中の気温が平均2℃下降。水質は水遊びができるほど改善され、以前は見られなかった魚や渡り鳥、昆虫の生息が確認されている。

 ミュージアムからの帰途、タクシードライバーは「車線は減ったけど、自然が増えたことの方がうれしい。チョンゲチョンは市民の誇り」と顔をほころばせた。海外のメディアでも取り上げられているため、ここを訪れる外国人旅行者も多いという。見下ろせば、家族連れに紛れて海外視察団とおぼしき一行の姿が視線を捉える。今やチョンゲチョンは市民の憩いの場であるばかりか、環境共生型の都市開発やアーバン・エコカルチャーツーリズムの成功例として世界各国で同じ問題を抱える地域に影響を与えている。

 

渡り鳥
憩いの場
渡り鳥の姿も見られるようになった
チョンゲチョンは市民の憩いの場。老若男女さまざまな人々が訪れている

 

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