ナムコといえば、ゲームや室内テーマパークを思い浮かべる人は多いはず。80年代に大ヒットしたパックマンやフードテーマで人気を集めるナンジャタウンなど、誰もが楽しめる遊びの世界を開拓し続けている。 ナムコの企業精神は、創業以来一貫している。遊びを文化と位置づけ、明るく健やかな生活に役立つ製品やサービスを提供することだ。 創業は1955年、百貨店屋上に設置した2台の木馬による遊戯事業に遡る。(写真1)以来、3次元CGシステムをはじめとするコンテンツの開発やアミューズメント施設の運営、ゲームソフトや機器の販売で業績を伸ばし、50年の間に総合エンターテインメント企業に成長した。2005年には、株式会社バンダイと共同持株会社「株式会社バンダイナムコホールディング」を設立して経営統合を発表。世界に名だたるエンターテインメント企業グループを形成するに至る。(2006年3月31日、株式会社ナムコは新設分割によりアミューズメント施設運営を主体とする会社としてスタートした)
そうした企業精神が福祉ビジネスとどのように結びついたのか。同社バリアフリー・エンターテインメントグループリーダーの河村吉章氏は、1985年に開発した携帯用会話補助装置「トーキングエイド」が始まりと語る。同機は、脳性麻痺などにより会話や筆談が困難な人の必需品として根強い支持を受けている。「製品を販売する中で医療関係者と知り合うようになり、ナムコのゲームをリハビリテーションで使ってみようという話になりました。ゲームセンターでの体の動きとリハビリでの動きが似ていることが理由でした」。ゲームセンターではわざわざ金を払うのに、リハビリは痛くて辛いため継続させることが難しい。ならば遊びのもつ力でリハビリのモチベーションを上げてもらえないかという発想だ。 ナムコは、早速ワニ叩きをモチーフに身体機能促進訓練機を開発し、病院や老人施設で検証を重ねていった。「大切なのは楽しんでいただくことです」。楽しいからこそまたプレイしたくなる。結果としてリハビリにつながることを目指しているという。 「遊んだ後、皆さん例外なく元気になりました。初めは一人ポツンとしていた人が、楽しいムードに惹かれて自然に仲間入りしているんです」。ゲームがきっかけとなり、会話が生まれて笑みがこぼれる。もちろん体も動かす。心身の活性化に悪いはずがない。ナムコはこうした技術や経験を生かし、1999年より「遊び」と「福祉」の融合を目指して高齢者ビジネスに本格参入。遊びを軸とする心身の活性化事業に乗り出した。
リハビリテインメントの効果は科学的にも立証されている。ナムコは2001年3月より1年間、九州大学病院リハビリテーション部とデイサービスセンター「ちょうじゃの森」(青森県八戸市)と共同研究を行った。ワニワニパニックなどで遊んでもらい、2カ月に1回身体能力を測定した。調査は、握力、ファンクショナルリーチ(上半身の柔軟性)、反射速度、歩行速度など6項目。結果、他のリハビリを行っている患者よりも明らかにファンクショナルリーチと反射速度の数値に優位性が見られた。ファンクショナルリーチと反射速度は、高齢者の寝たきりの主な原因となる転倒を予防するのに有効だ。 九州大学は2004年6月に開催された転倒防止国際シンポジウムでその検証結果を発表した。同大学が最も驚いたのは、高齢者が自らの意志でプレイしつづけたことだ。一般的な機能回復訓練ではスタッフが付いて強制するが、リハビリテインメントは自発的で、リハビリの意識をもたせない。ゲーム機で楽しい時間を過ごすことが、結果として身体能力の維持や向上につながることが立証されたのである。
デイサービスセンター「かいかや」では、ナムコの介護サービスを総合的に提供している。リハビリテインメントはもちろんのこと、利用者本位のさまざまなサービスで利用者の満足度を高めている。河村氏は、「大きなマーケットがあることはもちろんですが、利用者から選ばれるサービスの場を提供したかったことが第一の理由です」と語り、ナムコの企業精神を生かした介護サービスを強調する。実際、福祉施設はどこも同じで大差がない。未だに病院のような機能本位の環境が少なくない。そこで河村氏らのグループは、自分たちが高齢になったときに行きたくなる場を目指して「かいかや」をつくりあげた。名称の由来は、新たな人生の「開花」にあるという。 こだわったのは場所の選定だ。街外れの寂しい場所では心が活性化しにくい。行きたくなるところといえば、観光地や人の集まる商業の集積地だ。そうした条件の中からショップやレストラン、シネマコンプレックスを擁する複合商業施設、横浜ワールドポーターズを選んだ。クイーンズスクエア横浜や横浜赤レンガ倉庫も近く、芸術鑑賞やデートスポットとしても人気が高い。 「初めての利用者をお迎えをすると、かいかやの入り口を見た途端、『わあっ』という第一声が上がるんです」。その瞬間に気分の高揚が起こる。これから楽しむぞという心構えができるのだ。お出かけ気分を満たすハレの空間への反応だ。90歳を超えた男性は、正装しなければといってモーニングを着て来たという。(写真6〜10)
「かいかや」では、利用者の声に耳を傾け、利用者本位のサービスを徹底させている。研修よりも、実際にケアする過程で方法を見出す現場主義だ。そして、利用者がどのようなサービスを求めているのか直接聞き出す。「アンケートを取っても旅行とか読書とか、うわべのことしか出てきません。安心と安全が最優先されるのはもちろんですが、制約の中でどれだけ満足度の高いサービスを提供できるのかが腕の見せ所です」。河村氏は、高齢者だからこうだという思い込みは危険だと指摘する。「かいかや」では、日常の付き合いの中で、利用者が求めているものを感じ取り、汲み取る。これが他施設との最大の差別化という。 モットーは、特別扱いはしない、あたりまえのサービスだ。その中で、小さな気配りをさりげなく取り入れている。例には青、入浴は黄色と、色で生活シーンを使い分ける。食事の用意が始まるとスタッフはバンダナを付ける。利用者は、バンダナを見るとトイレを済ます行動を取るという。食堂ではレストラン気分を満喫してもらうため、高級感溢れるテーブルや椅子を採用。調度品にも陶器を使うなど、気を配っている。雰囲気に感化され、自助具を使っていた人が箸を使うようになった。ラウンジにはレコードとプレーヤーがある。ジャズの好きな利用者が自らレコードを持ち込み即席の鑑賞会となったという。何気ない設備だが、これも機会提供の役割を果たしているのだ。 特に重視するのが、利用者が主役になれるレクリエーションだ。本物感があり、「くすっ」と笑えるような楽しい内容を取り入れている。特に人気なのが料理。男性は年齢的に自分でつくることに抵抗を示すが、やってみると意外に楽しいことを発見する。すぐに男の料理教室の要望があがったそうだ。
神奈川県綾瀬市のタウンヒルズショッピングセンター内に2号店を開設するなど攻勢が目立つが、これだけ豊かな空間とサービスを提供して採算は合うのだろうか。河村氏は、「正直に言って楽ではありません。なぜなら、よそと逆のことをしているからです」と苦笑する。「通常内装、設備等のコストをできる限り低く抑え家賃の低い場所で運営しているケースが多く見受けられます。でも我々は、利用者本位の目的で、家賃の高い場所で贅沢な施設づくりをしました」。一方、デイケアセンターは介護保険で運営しているので上限は決まっている。さらにナムコでは今回の介護保険の改正で一人当たり2割強の収入減となることを予想している。 こうした中、ナムコの介護サービスはどこに向かおうとしているのか。まずは改正介護保険法を見極めて足場を固め、それから出店を増やす方針という。同時に河村氏は「自由介護や混合介護の可能性を行政に相談していますが、何といっても、予防介護でのナムコ版のプログラムが活路です」と自信をのぞかせる。 「我々の事業は福祉ではありません。これは楽しみなんです。利用者の方々には、その代償としてお金を払っていただけると思っています」。総合エンターテインメント企業ナムコとしての真骨頂だ。リハビリテーションと遊びの融合に、新たなユニバーサルデザインのビジネスモデルが萌芽している。