「家は50年以上住み続けるもの。住まい手の加齢、家族構成やライフスタイルの変化に対応できるように設計しました」と、カミムラ建築研究室の上村保弘氏は語る。要はそれをどこまで盛り込むかだ。車椅子や高齢者に配慮したバリアフリー仕様だと住まい手に違和感を与える。そこでデザイン性と快適性を重視しつつ、将来起こりうるさまざまな変更に備えた。 玄関へのアプローチにはスロープを併設している。一方、高さ15cmの上がり框にスロープは設けていない。将来必要になったときには、既製の段差解消器で対応してもらう。下駄箱には履き替え時に便利な収納式の椅子と手すりを設置。こうした手すりの設置は必要最小限に留めてあるが、後々に備えて下地は整えている。 特長は1階の水廻りと間取りにある。本人あるいは家族(高齢者)に介護が必要になっても対応できることだ。廊下を挟んで洗面、脱衣、風呂、収納、トイレがひとまとまりになっていることに注目したい。玄関側の廊下にはドアがあり、閉めるとコンパクトな介護ユニットになる。トイレのドアは簡単に取り外せるので、将来カーテンを取り付けることも可能だ。間取りの基準は2間×2間(約3.6m×3.6m)。このユニットを住む人のライフスタイルに合わせて拡大・縮小していく。 1階の洋間は高齢者の寝室に転用できる。そこからは、直接デッキに出ることが可能だ。居間とキッチンは、介護ユニットと最短の動線で結ばれている。ポイントは、ここから高齢者の気配が感じられること。この工夫は、上村氏の経験による。現在同居中の夫人の母親は要介護レベル2。周りに迷惑をかけてはいけないとの思いから、2時間おきにトイレを使うという。夫人は、別室から隙間を開けて一日中、様子をうかがわねばならない。特に冬場は隙間風が厳しく、介護する側が参ってしまった。そこで家事をしながら気配がわかる間取りにたどり着いた。
「機能と同時に重要なのは住む人の安全と健康です。そこまで含めてUD住宅といえるのではないでしょうか」と上村氏。安全面では火を使わないオール電化を採用した。料金の安い深夜電力を蓄えて活用できるメリットもある。 健康面では、「通気断熱WB工法」を採用した。日本の気候は高温多湿で温度差が激しい。この風土に対応する省エネルギー住宅として、高気密が一時期もてはやされた。しかし、建材や塗料に含まれるホルムアルデヒドなどの化学物質を室内空気とともに滞留させ、皮膚性アトピーといったシックハウス症候群を引き起こした。国土交通省は住宅建築法を改正、24時間の機械換気を義務付けた。しかし、この方法では電気代が余計にかかるばかりか、換気装置のメンテナンス料も加わってしまい、省エネとはいえない。 そこで開発されたのが、在来工法の知恵に最新技術を組み合わせた「通気断熱WB工法」だ。もともと伝統的な木造建築は、健康・省エネ・高耐久という優れた特長をもつ。無垢の木で建てられた家が心地よいのは、肌触りはもちろんのこと、木の調湿機能が湿度の高い時には水分を吸収し、乾燥した時には放出してくれるからだ。構造材としても丈夫で、檜作りの法隆寺は1300年の風雪を経て今に至っている。 WB工法のW(ダブル)は二重の通気層、B(ブレス)は呼吸を意味する。原理は上昇気流の応用だ。気流を自然の力で制御し、湿気や化学物質を室内から追い出してしまう。したがって、結露を起こさず、カビやダニの発生、シックハウス症候群をもたらさない。システムは、人間の気管支呼吸と皮膚呼吸をイメージするとわかりやすい。気管支呼吸にあたるのが、2重の通気層だ。一つは部屋の壁と断熱材の間に、もう一つは断熱材と外壁の間に通っている。特に前者が温度調整では大きな役割を果たす。夏には、床下の冷熱が上昇気流に乗って壁内から天井裏、屋根へと抜け、室内温度の上昇を抑える。一方、冬には床下の温熱と壁の中の通気層が保温層になり、室内温度の下降を防ぐ。 空気の流れを制御するのが「形状記憶式自動開閉装置」(特許)だ。形状記憶合金の特性を利用し、感知した温度により換気口を自動的に開閉する。夏の暑い日には装置が開き、冬の寒い日には換気口が自動的に閉まる。この装置はヘルスと呼ばれ、屋根の棟、軒の裏、壁内通気路、床下換気口の適所に取り付けられる。 一方の皮膚呼吸にあたるのが壁材に採用された透湿材だ。「通気断熱WB工法」では、全ての壁に透湿素材(自然木、透湿壁紙、珪藻土など)を使う。透湿効果により室内の空気を室外に放出するためだ。その際、有害な化学物質も湿気とともに吸収、放出されていく。上村氏によると、「空気が動いているのを感じる」、「空気が美味しい」と施主の評判は上々という。
左側が高密度、右側がWB工法の実験風景。高密度では空気が淀んだままだが、WB工法では、温度の上昇とともに、淀んだ空気が通気路を通って屋根の隙間から排出されている。