21世紀の社会システムをデザインする「ユニバーサルデザイン・コンソーシウム」  
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ユニバーサルデザインとは?
 
2.ユニバーサルデザインの事例と動向
 
#55 教育現場のユニバーサルデザイン
 
− 金沢美術工芸大学 −
 
曽川 大/ユニバーサルデザイン・コンソーシアム研究員
 
取材協力
 
新井利春
 
プロダクトデザイナー/金沢美術工芸大学教授
バリアフリーやユニバーサルデザインの実践的な研究が専門。食器や家具、住宅設備の開発研究、公共施設や交通計画まで多様な能力のユーザー参加型のデザインプロジェクトを探求している
 
 
写真:ウォーキング北陸の中核都市金沢。 漆器や加賀友禅といった世界に誇る美術工芸品の産地でもある。 金沢美術工芸大学は華やかな文化を継承・発展させるために 1946年に創設された市立大学だ。 時代を担う人材育成のため、製品デザイン教育を構成する種々の科目のひとつとして ユニバーサルデザインに関わる授業が配置され、 長年にわたってユーザー参加型の教育や研究が丁寧に続けられてきている。
【写真:小児科で使う医療用ワゴン】
子どもたちに元気を与える楽しい工夫が施されたワゴン。卒業制作の作品。
体感から考える人間工学の授業
 
校舎に入ると、油絵の具や削り木の心地よい香りがたちこめる。空間や壁面に展示されている大作の数々。美大でユニバーサルデザインの実践教育が行われていることに興味を深めつつ教室に向かうと、人間工学の授業は廊下で行われていた。対象はビジュアル、工芸、環境、プロダクトを専攻する学生たち。グループに分かれ、ダンボールで空間を遮って移動の体験をしていた。車いすや松葉杖、ゴーグルも活用し、感想を調査シートに記入していく。
  そこには、学生とともに考える荒井利春教授の姿があった。「授業の狙いはクリエーターに人間工学の意識と手法を学ばせることです。主体性を重視するため、具体的なアドバイスはなるべくしません」。移動は通路幅をはじめ身長や服装、身体能力によっても影響される。直進や曲がる方向によっても勝手が違う。「動きを見ると人とプロダクトや、人と空間との関係に対する理解が深まります。ユニバーサルデザインは動きの中で捉えることがポイントです」。さまざまなユーザーの利用状況を体感させ、ビデオ撮影での観察も重視する。
 
図:金沢美術工芸大学 製品デザイン教育・研究のカリキュラム
 
図:金沢美術工芸大学 製品デザイン教育・研究のカリキュラム
 
【図上下:金沢美術工芸大学 製品デザイン教育・研究のカリキュラム】
 
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1/1のモデルでの制作プロセス
 
日ユニバーサルデザインの授業では、アイデアスケッチと平行してダンボールでラフな等身大モデルを作り検討を重ねていくことが重視されている。このスケールで考えることで動作や操作に関わる機能的な問題とフォルム感を的確に把握できる。家具や乗り物など複雑なプロダクトまで実物大で検証を重ねるという。金沢美術工芸大学の製品デザイン教育においてはユニバーサルデザインに限らず1/1モデル制作を重視しており、同校の伝統となっている。これを可能にしているのが実践的なカリキュラムだ。2年次までの必修科目に、必要な実技をすべて習得する教育プログラムとそのための設備が整っている。木工や金工、プラスチック成型など、プロダクトの基礎技能や専門的なスキルはすべて身につく。
 
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ユーザー参加型授業
 
4年前期の演習課題「公共用品のデザイン」にはさまざまな障害をもつユーザーを招いている。特に運動系では、頚髄損傷を重視する。頚髄損傷への配慮は動作や操作に制限のある多くのユーザーへの配慮につながるためだ。例えば操作部。つまんだりボタンを押す場合、頚髄損傷の人が使えれば握力の弱い人にも使いやすいデザインとなる可能性が高い。さらに、視覚障害をもつユーザーが初めて対面する空間や機器を理解する様子、触知の実際を体感することで、学生たちは多様なユーザーに潜在する可能性を洞察するとともに、それを包括するデザインのヒントを学ぶ。
  荒井教授はユーザー参加の意義を力説する。デザイナーの感性を呼び起こすには、ユーザーの動きを見ることが不可欠だからだ。事前に疑似体験や現状の把握をおこない問題意識を高める。そして、ゲストユーザーとディスカッションしたり、ユーザー動作の実際を学んで、現在の機器や設備の問題点を具体的に確認する。次にタスクシートを作成し、多様なユーザーの操作行動とプロダクトの相関関係を明らかにする。そしてデザインワークに進み、機能要求を3次元に組み直す。最終段階では再びユーザーに参加・検証してもらう。学生はユーザーとのコミュニケーションで刺激を受け、ユーザーは自分たちが関わることでユニバーサルで魅力的なデザインが生まれるのを喜んでくれる。さらにユーザーはデザインプロセスに参加することの意義や可能性を実感してくれる。
  同校の強みは、荒井研究室の機器開発やまちづくりの活動を通して、さまざまなユーザーとのネットワークや石川県リハビリテーションセンターをはじめとする地域の病院、施設との協力体制が整っていることだ。「UDのキャンパスは学内だけではありません。現場に行くと生活情景の中で人とものとの関係が見えてくる。どのような生活情景を創出していくのかなど、生活環境と社会や時代の総合的なデザインの課題が見えてきます」。もっとも、最初から完全なユニバーサルデザインをめざすのではない。身体機能に制限のあるユーザーのニーズに取り組む場合、ケアする部分としなくてもよい部分を確認しメリハリをつける。それをできる限り開かれたデザインとして発想し完成をめざす。
 
写真:人間工学の授業風景。ダンボールの壁を使って移動の実体験を行う   【写真左:人間工学の授業風景
ダンボールの壁を使って移動の実体験を行う 】
 
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ユニバーサルフォルムをめざして
 
「目標はユニバーサルデザインの包括的なフォルムです。それを創造するのがクリエーターの役割です」。荒井教授は、ユーザーニーズに基づくディテールの積み上げがそうしたフォルムを導くとする一方、感性の重要性を強調する。「ただ使えるだけではデザインとはいえません。使いたくなる要素が重要。それがユニバーサルフォルムです。その創造的なプロセスを面白くするのが我々の使命。クリエーターマインドを刺激するのがデザイン教育だと思います」。
  しっかりとしたカリキュラムと地域社会に支えられる金沢美術工芸大学。これからもクラフトマンシップと感性を兼ね備えた人材を輩出し続けるに違いない。
 
写真:授業風景
 
【写真左:シニア向けUDビークル(修士2年柴田青馬さん)
コンパクトサイズで小回りがきき、買い物かごを乗せたままショッピングが楽しめる。デザインのポイントは直感的に乗りたくなる魅力的な形。誰もがスマートに移動・買い物できるデザインが目標だ
 
写真中央:子どもが使う包丁のデザイン(4年加藤慶子さん)
デザインの発想は、食べ物の原形を知らない子どもたちの食育。難しいのは、かっこよさと使いやすさのギャップを埋めることという(右側が荒井教授)
 
写真右:寝たきり高齢者向け手浴ボウルとタンクワゴン(4年中島美菜子さん)
寝たきりの祖母が使いやすい手洗い器を発案。使いやすく、介護もしやすいデザインをめざし医療現場にも足を運んでいる】
 
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子どもの医療環境
 
患者にとって医療には痛いイメージがつきまとう。特に子どもたちは恐怖に敏感だ。病は気からと言われるように、患者の気持ちが元気でなければ癒やすことは困難である。ここに紹介する金沢美術工芸大学の卒業制作2点は、子どもたちをぱっと明るくする癒やしのデザインだ。搬送や点滴の機能に優れているのはもちろん、カラフルで楽しい演出が満ち溢れている。
 
子供病院で使用する医療用ワゴン●小児科・子ども病院で使用する医療用ワゴン
山下美奈さん(2005年/製品デザイン専攻)
近年、米国の小児科・子ども病院では、ピエロに扮した医師が病室を回って子どもたちを励ましている。心のケアの一環だ。しかし、日本では未だ多くの医療機器に囲まれた硬く冷たい雰囲気が主流である。特に、医療器具や医療廃棄物を運ぶ医療用ワゴンは恐怖や不快感を与える。そこで子どもたちに元気を与える医療用ワゴンをデザインした。器具や汚物が直接目に触れないように配慮し、おもちゃや絵本のディスプレイスペースを設けた。
 
写真:子供病院で使用する医療用ワゴン
 
【写真左:子どもたちにぬいぐるみやおもちゃ、絵本を届けるディスプレイスペース
写真中央: 従来の医療ワゴンとの比較。印象の違いは歴然だ
写真右: 曲線のフロントデザインがスマートな印象を与える】
 
子供用点滴スタンド●子ども用点滴スタンド
瀬木雅博さん(2005年/製品デザイン専攻)
現在子ども用の点滴スタンドはない。子どもたちは、体格や体力にかかわらず、大人用の点滴スタンドを使用しているのが現状だ。その結果、好奇心に溢れ成長の盛んな子どもたちに移動の制約を与えている。そこで子どものための点滴スタンドをデザインした。子どもが扱いやすいサイズで、引っ掛かりや転倒の危険にも配慮した。ワンタッチで伸縮するので看護師にも扱いやすい。子どもたちの活動がより自由になるのはもちろん、親や看護師は子どもを安心して見守ることができる。
 
写真:子供用点滴スタンド
 
【写真左:レバーの操作で、身長差に合わせた高さ調整ができる
写真中央: ポンプをまとめて配置したので操作や交換が楽。また、表示部が上向きなので立ったままでも見やすい
写真右: チューブやコンセントコードを自由に調整できる。収納機能付きでじゃまになる心配がない】
 
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子どもの遊具
 
遊具は遊ぶために存在する。安全性はもちろんのこと、子どもたちの好奇心とチャレンジ精神を誘うことが重要だ。どのようにして遊べばよいのか、すぐわかるカタチであることも欠かせない。子どもたちの行動観察や検証プロセスを重ねてそうした要素をデザインしている。
 
写真:揺れる遊具「ANGU」   【写真左:子どもたちは上面にまたがり、3人の体重移動で揺れを楽しむ。3方向に伸びた形態が常にバランスを保つので、1人でも揺れを体感できる】
 
写真:揺れる遊具「ANGU」●揺れる遊具「ANGU」
平井穣さん
(PD2年演習課題/素材と構造)

「ANGU」は3〜6歳の幼児対象の揺れる遊具だ。ダンボールを構造体として用い、魅力的でシンプルかつ壊れない形にデザインした。幼稚園での調査でわかったことは、動く遊具の方が人気が高いこと。そこで、「動き」に焦点を定め、その中で「揺れ」をキーワードに1/1モデルを制作。幾度も現場に足を運び改良を重ねた。子どもたちは完成品にまたがり、楽しそうに遊んでくれた。中には回して遊ぶ子どもも現れた。予期していなかったが、そうした行動を「ANGU」は誘発しているのだろう。
 
スケッチ:揺れる遊具「ANGU」
 
写真:揺れる遊具「ANGU」
 
写真:揺れる遊具「ANGU」
 
【写真:1次モデルの構造に問題は無かったが、遊ぶうちに外側の収まりが悪く隙間ができることがわかる。スリットの角度や大きさを調整して解決した】
 
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洗面台
 
日常生活であまり意識せずに使われる洗面台。それだけに配慮すべき点は多い。特に大切なのはユーザーの動きを想定したデザインであること。まさに水が流れるような動作で使えることが理想だ。さまざまなユーザーによる検証と改良を経て生まれた洗面台には、シンプルな造形の中にユニバーサルな配慮が凝縮されている。
 
写真:動作を誘う洗面台「fun」●動作を誘う洗面台「fun」
小池杏子さん
(PD4年演習課題/公共用品のデザイン)

ユーザーが使い方を自然にイメージしやすい形をめざした。障害の疑似体験から始まり、整容空間の調査とユーザーの行動観察を経て、アイデアスケッチ、ラフモデル制作、1/1モデル制作、ユーザー検証へと展開。ユーザーに伝わりやすいフォルムをめざした結果、シンプルでわかりやすい造形になった。ディテールはもちろんのこと、全体としてのまとまりに配慮している。さらに、清潔感や楽しさなどの気持ちに訴える要素も表現した。 設置場所はアミューズメント施設やショッピングモールを想定している。
 
【写真上:車いすの利用者や視覚障害をもつ人など、さまざまなユーザーの協力のもと検証を行った】   【写真上:車いすユーザーからはエッジの形状やドライヤーの位置、視覚障害をもつ人からは蛇口の感触や白杖の置き場所などについての要望が寄せられた】
 
写真:動作を誘う洗面台「fun」
【写真上:ユーザーの動作を誘導するフォルム。ちょっとした手荷物を置き、水と液体ソープで手を洗い、ハンドドライヤーで乾かす一連の流れに沿ってデザインしている 】
  【写真上: 触覚サインにくわえ、洗面台のセンサー反応箇所に赤、青、黄色の視覚サインを施している 】
 
【写真:蛇口はセンサーで作動。感知するとボタンが光る。視覚サインをシンク内にも配しより直感的に。エッジは子どもや車いす利用者の安全性を配慮して丸みをもたせた】 写真:動作を誘う洗面台「fun」
 
写真:動作を誘う洗面台「fun」 【写真左:ドライヤーは荷物置きの下部に組み込まれている。吹き出し口が広いので手全体を乾かせる】
 
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