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#53 ユニバーサルデザイン政策大綱 -その評価と未来- |
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小平慎一/UDC主任研究員 |
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大綱に隠された大きな意味 |
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昨年7月、国土交通省は、「ユニバーサルデザイン政策大綱」を出した。従来の「ハートビル法」(旧建設省)と「交通バリアフリー法」(旧運輸省)を融合させ、まち全体を誰にとっても暮らしやすいユニバーサルデザイン仕様に変えていくのがその趣旨である。
この大綱をもとに、来年、国交省から”ユニバーサルデザイン法”が国会に提出される。さまざまな人や団体の意見を参考にして、国交省総合政策局が自らまとめた大綱である。当事者団体や専門家の間でも、「他先進国にも類を見ない」と評価が高い。
国交省では、「バリアフリー化は70点くらいには進みつつあるが、ユニバーサルデザインの視点からみると20点くらいでしかない」(総合政策局政策課)というイメージであるようだ。
では、これから国が大汗をかいて、ユニバーサルデザインを推進するのかというと、そうでもない。
大綱の中身をよく読むと、「国が音頭をとるから、ユニバーサルデザイン社会の実現には、自治体、企業、一般市民が皆で汗をかけ」というものである。国には財源がない。皮肉な見方をすると、財源がないからユニバーサルデザインの旗振りをしているといえなくもない。
例えば、「具体的施策」の第1項では、「ユニバーサルデザインの考え方を踏まえた多様な関係者の参画の枠組みの構築」を掲げ、それに基づく3つの方法を提示している。1.公共施設の整備や国土計画の策定には、市民が参加する仕組みをつくる、2.活動の担い手である
市民を支援する、3.国交省がその仕組みづくりを先導的に実施する、となっている。
【写真:中部国際空港は、さまざまな障害のある人のチェックによってつくられた。写真は上下移動の仕組み(一体的化・総合的なバリアフリー施策)】
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ユニバーサルデザイン法は諸刃の剣
車いすがまちの環境をよくする
「スパイラルアップ」は自治体を変える
自治体は失敗から学べ
自治体はコミュニティづくりから
大綱を活かすも殺すも自治体次第
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ユニバーサルデザイン法は諸刃の剣 |
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市民参加の仕組みをつくるのは、それぞれの地域の自治体であり、もちろんその担い手は一般市民である。 国が行うのは、市民参加のモデル事業、ユニバーサルデザインの評価方法・情報共有化の手法創設、ガイドライン策定、ITのユニバーサルデザイン化の枠組みづくり、
教育などによる「心のバリアフリー化」の普及など。つまり、モデル事業、研究に予算をつけるほかは、旗振り、誘導が主体だ。言い換えれば、”ユニバーサルデザイン法”は、自治体と市民に、まちづくりの”権限委譲”を行う宣言でもある。 であるならば、受けて立つ自治体の手腕
によって生きも死にもする。 そもそもユニバーサルデザイン社会は、国交省一省だけで完成するものではない。大綱に盛られている”スパイラルアップ”とは、計画→実施→評価→改善を行いながら理想に向かっていくプロセスを意味している。 それには旧来のセクショナリズムを打
破し、協働と創造が課題になる。それを国が、”ユニバーサルデザイン法”として、自治体や市民に求めるなら、まずモデル事業として国自らが、脱セクショナリズムと”協創”のシステムをつくっていくことが成功の秘訣であろう。今回の大綱は、諸刃の剣として、国が自らにつきつけた”覚
悟表明”と考えたい。 以下に、今回の大綱に、大小さまざまに貢献している研究者、団体の意見を伺った。
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【写真左:中学生がイメージをふくらませながら、まちの"バリア"をチェックしていく(多様な関係者の参画の仕組みの構築)写真右:段階的・継続的な取組(クリックすると拡大画像がご覧頂けます。)】
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車いすがまちの環境をよくする |
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「今年は、国交省の要望に力が入りました」と、DPI(障害者インターナショナル日本会議、交通問題担当)の今福義明氏は言う。
交通バリアフリー法(2000年施行、以下、交通BF法)が5年目を迎え、今年が見直しの年だからだ。電動車いすユーザーの今福氏は、全国の交通機関 を乗り回し、どこに使えるルートがあり、どこにバリアがあるかを探り、ルート開発を行う。”バリアフリーのマルコポーロ”だ。 「車いすユーザーがまちに出れば出るほど、車いすユーザーだけではなくさまざまな人にとって、まちの環境はよくなります」と強調する。無用な段差が取り払われ、エレベータなどの設置で上下移動が容易になる。今回の大綱がそれに拍車をかけることになる。 交通BF法では、1日乗降客5000人以上の駅のバリアフリー化(エレベータの設置で、車いすユーザーが単独で移動できる環境づくり)を2010年までにすべて終わらせようとしている。およそ2700駅のうち、この5年で約2000駅が終了している。
「交通バリアフリー法ができるまで事業者にいくら要望しても『駅の構造上不可能』という回答しか得られなかった。ところが法律ができたとたんにバリアフリー化が一挙に進みました。溜飲が下がりました」(今福氏)
しかし、問題がいくつかある。
ひとつには、バリアフリー化(移動円滑化)の設計段階で、種々の障害当事者が参画できなかったために、できたものが使いにくい。
例えば、この秋、開通したつくばエクスプレスは、総合的に高く評価できるものの、車両とホームとの間の段差とすきまが大きい駅が多く、車いすの前輪が乗り越えられない。あるいは車いす用スペースのある車両が1編成に2箇所しかない、などなどだ。
問題点の2つ目として、今福氏は、都市と地方の格差を指摘する。車いすユーザーだけではなく、高齢者などすべての人に使いやすいノンステップバスは、都市部では2割以上が導入され、 交通B F法がかかげる目標値をほぼクリアしている。
しかし、地方では導入が遅れ、中には1台もない県さえある。バス事業者の経営基盤が脆弱なうえ、自治体も補助金を十分出せない状況にあるからだ。
3つ目の問題点は、今回の政策大綱にもかかげられた”心のバリアフリー”にかかわる。
バスの運転手が、車いすを車内で固定する方法が分からず、乗車拒否する場合があるという。心がハードに追いついていないのだ。
「以 前は、とにかくバリアフリー化を進めてほしいと要望していましたが、今は、接遇面を含めて係員の研修をしてほしい、とソフトの要望もしています」(今福氏)
乗車拒否だけではなく、言葉遣いの悪さも、車いすユーザーに「外出したい」という気持ちを萎えさせる。「荷物のように扱われる」と嘆くユーザーは少なくない。
今福氏は、”新航路開拓”だけではなく、係員の言葉遣いにもチェックを入れ、その場でクレームを出すことで、交通事業者の”接遇研修”にも力を入れている。
【写真:三鷹市では、市民運動会と障害のある人の運動会を合同で行い、同じ日に中学生に楽しみながら車いす実習も(心のバリアフリー社会の実現)】
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「スパイラルアップ」は自治体を変える |
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「今まで、まちはモザイクのように、パーツの寄せ集めでした。交通バリアフリー法で駅が使えるようになり、ハートビル法でビルの中の駐車場が使えても、この二つの施設がつながっていなければ、結局、車いすユーザーはどちらも使えません」
一級建築士で、自らも車いすユーザーの川内美彦氏はそう指摘する。
今回の政策大綱では、
パーツとパーツを「継ぎ目」なく結ぶ”シームレス化”が目玉のひとつだ。
施設と駅のつなぎ目だけではなく、交通BF法で、せっかく駅がバリアフリー化されても、バスなど他の交通手段との乗り換えが困難なケースが多い。これを「乗り換え抵抗」といい、UD政策大綱でも、事例の中で防止するべきものとして取り上げている。
乗り換え抵抗には、階段や段差のほかに大迂回をしなければならない場合もある。ふつうなら電車やバスを乗り継いで30分ほどの距離が、乗り継ぎ経路が整備されていないとその数倍かかってしまう。
障害のある人だけではなく、高齢者でも乗り換え抵抗が大きいと外出を嫌うようになり、生活の質(QOL)が著しく低下する。
「シームレス化は、現場での工夫が必要で、自治体の腕の見せどころです。これまでのように国にヒナ型を出してもらって、それにならうというのでは十分なものができない。市町村が自ら勉強して、国をガイドするようにならないとシームレス化は実現できません」(川内氏)
現在、ハートビル法を根拠に、東京都、京都市などいくつかの自治体が「ハートビル条例」を整備している。ハートビル法の規制対象が2000m2以上の建物であるのに対し、ハートビル条例では、例えば1500m2以上にして対象を拡大したり、ハートビル法の「努力義務」 である学校やオフィスを「義務化」するなど、より”外出したくなる”まちづくりがめざされている。
「UD政策大綱の中では、”スパイラルアップ”という言葉が出てきます。プロジェクトの結
果を評価し、それを次のステップに活用していくことです。具体的にどうするかは政策大 綱には盛り 込まれていませんが、自治体が今までのやり方ではなく、新しい考え方で取り組まなければならないことは間違いありません」(川内氏)
スパイラルアップとは、行政が自らの活動を客観的に”評価”し、課を越えて活動するという革新的な手法を示している。
【写真:福岡市の七隈線は、車両とホームの隙間、段差がなく、ホームゲートも設置している(誰もが安全で円滑に利用できる公共交通の実現)】
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自治体は失敗から学べ |
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ここまでしっかりつくるとは思わなかった」と、高橋儀平東洋大学教授(福祉のまちづくり学会副会長)は、UD政策大綱を評価する。 とはいっても、幕の内弁当のように部門の寄せ集めの自治体が、どう政策大綱を具体化できるかは重い課題だ。従来、道路の改修と、建物やまちのバリアフリー化を異なる
部門が担当するなど、パッチワークでやりくりしてきた。公園のトイレひとつとっても、公園課、土木課、建築課などさまざまな課が複雑にからみあう”迷宮”だ。 「どこがどうイニシアチブをとるか、国が方向を示さないと、宙ぶらりんになる可能性がある」と、高橋氏は危惧する。「大綱の中にある”連携”も”住民参
加”もすでに言い古された言葉。これをどう実践するかは、首長と自治体職員のやる気の問題です」 まちのシームレス化を進めるには、まず、継ぎ目だらけの自治体内部の仕事をシームレス化しなければならない。 「若手職員が、動きの鈍い上司に睨まれてでも、住民や利用者の声を根拠にビシビシ活動し、それを首長がサポートするという姿勢が不可欠」と、高橋氏は言う。 それだけ問題の根は深い。 「役所の中のセクション同士が互いに壁を設けているだけではなく、国と県、県と市町村、市町村と市民といった縦の関係もぎくしゃくしています。どこかが失敗すると、やっぱりダメだったじゃないか、といったスタンスですね。これではスパイラルアップは期待できません」(高橋氏) まず、失敗を学び合う姿勢がないとユニバーサルデザインは実現しない。国はすべての事業を評価し、データベース化し、成功は成功で採用を促し、失敗は失敗で次の改善につなげていく仕組みをつくる必要がある。 「役所の組織の壁を打破する
だけではなく、各プロジェクトのプロセスも長期的に管理しなければなりません。途中で役所の担当者が変わるとか、設計会社の担当者が変わるといった場合でも、プロジェクトを円滑につなげて行く方法を考える必要があります」 縦横の連携だけではなく、時間的なシームレス化も重要で、職員の意識改革を含めた自治体組織の抜本的な改革が求められる。 【写真:大阪にある「ふれあいの庭」。誰もが楽しめる公園(誰もが安全で暮らしやすいまちづくり)】 |
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自治体はコミュニティづくりから |
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さらに、高橋氏は、「UD政策大綱にうたわれているもっとも重要な部分は、利用者参加の仕組みづくりです」と指摘する。
しかし、欧米と異なり、日本の一般市民は当事者意識が希薄だ。障害当事者は、死活問題だから積極的に動かざるを得ないが、一般市民は、行政に対して”お客様”気分がある。行政も利用者をお客様のように扱い、積極的に情報を公開したがらない。市民の合意を得る努力をするより、パターナリスティック(父権的)に、市民をコントロールするほうが仕事はしやすい。
しかし、市町村は市民をパートナーとして育て、批判を受けながら協働する対等な関係をつくらなければ利用者参加は画餅に帰す。
「市民参加というのは、言うは易く実行は難しい。今日のように日常的な近所付き合いが切れ、コミュニティという土台がなくなっていると、自治体はまずコミュニティづくりから仕掛ける必要があります」(高橋氏)
さまざまな自治体がコミュニティづくりに力を入れはじめている。
東京三鷹市もそのひとつだ。
「地域コミュニティがしっかりしていれば、災害があったときでも、被害を最小限にとどめることができます」と、清原慶子三鷹市長は語る。
三鷹市では、2001年に市政の基本計画を発表し、「すべての人に生き生きとして生活してもらう」を合言葉に、ユニバーサルデザイン化を推進してきた。
今年度は、「心のバリアフリー化委員会」を立ち上げ、さまざまな障害当事者に参加してもらって、生々しい悩みを聞くことから市政づくりを考えようとしている。
「心のバリアフリー化とは、地域文化を育てることです。障害当事者に、さまざまな委員会などに参加してもらって、職員、市民、当事者の相互理解を深める場をつくらなければなりません。昨年から市民運動会と障害者運動会を合同開催しています。相互理解は、実際に出会ってもらって、話しをし、気づくことでしか実現しません」(清原氏)
敬老の日には、公会堂に招待した高齢者のエスコート役を地元の中学生に依頼した。核家族で育った中学生たちは、高齢の人々に恐る恐る話しかけ、手を貸し、案内する。
市民のワークショップに子どもの参加も促している。まちづくりには子どもの視点が欠かせない。いっぽうで子どもが大人に混じって、堂々と発表する技術を磨くこともできる。これらに参加した中学生や子どもたちの発言の中から、地域文化づくりが着実に芽を吹きはじめたという手応えを清原氏は感じているという。
最近では、災害時に車いすの人を助ける方法をどうするかというテーマが市民の間からもちあがった。
「いくら国や自治体が最高の災害システムをつくっても、災害時にもっとも助けになるのは人と人との心のつながりです」
コミュニティづくりは最大の都市リスクマネジメントでもある。ユニバーサルデザイン事業は、健康福祉部と都市整備部が一体化して進めている。地域文化を育てるのは息の長い仕事だ。職員と市民が一体となって、まちの土起こしから始めなければならない。
【写真:さいたま新都心のぺデストリアンデッキ。安全に快適に駅周辺を移動できる(誰もが安全で暮らしやすいまちづくり)】
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大綱を活かすも殺すも自治体次第 |
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「交通バリアフリー法施行のときに感じたのですが、自治体には、積極的に推し進めようというところと、左右を見て今後の方針を決めようという自治体があります」と、交通計画を専門にする秋山哲男首都大学東京教授は言う。 財布の中身の心配だけではなく、首長に指導力がないと自治体の動きも鈍くなる。職員のやる気や資質の問題もある。導入したコンサルタントの実力、計画委員長の指導力にかかわることもある。 「今回の政策大綱は、交通バリアフリー法とハートビル法の一体化です。建築と交通の一体化は画期的です。それだけに、自治体の総合調整力が強烈に問われます」 秋山氏も今回のUD政策大綱を高く評価する1人だが、住民参加の方法、総合調整の方法について具体策が盛り込まれていないことを心配する。
「福祉部門、 建築部門、交通部門が密接に組んで、互いに勉強しないといいものはできません。コンサルタント任せや委員会任せになります。今の体制ではどの自治体も、十分ニーズに応えられないことを肝に銘じてほしい」
と手厳しい。これまでの”ハコモノ事業体質”では、プランニング・ディザスター(計画災害)を生んでしまうというのだ。
さらに、UD政策大綱には、まだ官僚指導型の哲学も見え隠れしていると指摘する。「移動の自由」は保障されているが、「移動の権利」については文言がないからだ。
現在、先進国を含めて40か国以上で制定されている「差別禁止法」では、障害当事者の「権利」が明記されている。権利が侵害されれば、法律を根拠に訴えることができる。しかし、UD政策大綱の内容では、当事者からの裁判を通して社会を変革させる機会についてはあいまいなままである。
いずれにしても、UD政策大綱が法律化してからが、ユニバーサルデザイン社会づくりの”勝負時”だ。ひとまず、国 から美しい曲玉が投げかけられた。この法律を生かすも殺すも、自治体の指導力を背景にした、事業者、市民の協働と連携にあることは間違いない。
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