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#46 クリチバに見る都市のユニバーサルデザイン2 |
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曽川 大/ユニバーサルデザイン・コンソーシアム研究員 |
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前回は都市のユニバーサルデザインをテーマに、ブラジルの地方都市クリチバを紹介した。繰り返すが、クリチバがユニバーサルデザイン・シティである理由は人間中心であることだ。現国際建築家連合会(UIA)会長でクリチバ市長を3期務めたレルネル氏をはじめとする歴代市長が理念として掲げ、有能なスタッフたちが政策を実行に移した結果である。
その中心となるのが土地利用政策であることは述べた。バスの専用道路を主要交通軸とし、その軸に沿って高層ビルが立ち並ぶように都市のゾーニングを定めた。同時に3連結バスやチューブ型のバス停留所といった斬新なデザインを採用し、市民の足を自動車から公共交通にシフトさせた。市街地は歩行者中心となり、商業施設にも好影響をもたらすようになった。地下鉄を敷設する財力や技術力が欠如していたことは確かだが、身の丈にあったバスという交通手段を選び独創的なシステムを築き上げた発想と手腕は賞賛に値する。
都市政策と並び、世界の注目を集めているのが環境政策だ。ここでもレルネル氏らが土地政策を戦略的に活用し、さまざまな相乗効果をもって生活環境の改善に努めた。実行部隊の中心に日系人ナカムラ・ヒトシ氏が存在がある。今回は、ヒトシ・ナカムラ氏の取材をもとに、人間都市クリチバを環境の視点で紹介したい。
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ヒトシ・ナカムラ氏
世界第2位の緑地面積
道路公園
環境教育
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ヒトシ・ナカムラ氏 |
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ヒトシ・ナカムラ氏は、1944年に千葉県に生まれた。1969年大阪府立大学農学部造園学科で修士課程を修了後、1970年にパラナ州に移住した。ブラジルで農業学校を作るのが夢だったらしい。農作業に打ち込む傍ら、ポルトガル語の勉強をしていたところ、先生から市の公園課への就職を斡旋される。農業も緑地も同じ分野なので、少々回り道してもという軽い気持ちで就職を決めたようだ。早速、市街地に区画整理事業でできた余剰地を遊び場として開放したろころ、住民に大変喜ばれたという。当時、そうした公園を作るという発想が無く、市街地は自動車中心に計画されていたためだ。
【写真:ヒトシ・ナカムラ氏 日系ブラジル人一世として環境政策の実行に多大な貢献を残す。現在も日本とブラジルの文化・経済交流で活躍中。】
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やがてナカムラ氏の活躍が市長就任後間もないレルネル氏の目に留まることとなる。レルネル政権のもと、一貫して緑地整備や環境問題に取り組み、1989年の市長第3期目には環境局長に抜擢される。しかし、外国籍では市の要職に就くことができないため、ブラジルへの帰化を決意した。1995年、レルネル氏がパラナ州知事に就任するとともにパラナ州の環境・水資源庁の長官に任命。2000年に退官し、現在は環境市民大学で教鞭を振るっている。
【写真:環境大学 市民の環境教育のために設立された。大学教授から主婦、タクシードライバーまでさまざまな人々が受講している。】
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世界第2位の緑地面積 |
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現在、クリチバの一人当たりの緑地面積は52平方メートル。ノルウェーのオスロに次ぐ世界第2位の規模である。しかし、1970年初頭の緑地面積は1人あたりわずか0.6平方メートルあまりだった。緑地は生活環境の豊かさを示すバロメーターである。市民は当然ながら公園の設置を強く要望した。だが、財政難で市街地に大幅な緑地を確保するのは困難だ。目を付けたのが河川敷だった。洪水が多発するため宅地化が困難で地価が安かったからだ。もちろん、自然が手付かずの状態で残されている。また、河川一帯はスラム化が進みやすい場所でもあった。ナカムラ氏によると、ブラジルでは数百所帯を超えるファーベラ(スラム)が一晩で誕生することも珍しくないという。彼らには政治的なリーダーや技術者が存在し、電気や水道といったライフラインを無断で引き込むくらいはお手の物だ。当局も手をこまねいているわけではないが、キリスト教精神が根強いお国柄にあって、強制的に退去させることは好まない。後で述べるゴミ交換プログラムなどで自立できるような手立てを講じるらしい。公園化はそうしたファーベラの進出を未然に防ぐ役割も果たしたのである。
【写真:バリグイ公園 140haの人工池を中心とする自然公園。かつては洪水とスラム化に悩まされた一帯が人々の憩いの場として蘇った。】
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クリチバ市は、緑地化にも土地政策を用いた。所有者から河川敷を安く買い取ったり、周辺の土地との交換を進め、緑と水に囲まれた素晴らしい自然公園をいくつも開発した。市民に身近なバリグイ公園は、雨水の増水の調整池からなる自然公園だ。ジョギングコースやレストラン、ビアホールがあり、週末には家族連れやカップルで賑わう。周囲には熱帯雨林のジャングルが続き、ひときわ閑静な窪地にクリチバ市公園局の建物がひっそりと佇む。ナカムラ氏が環境政策を陣頭指揮したオフィスである。建物は住居だった建物を再利用したもの。環境局の本部らしい配慮だ。窓の外には極彩色の蝶が舞い、リスや猿がたわむれる。都会の喧騒からは想像もつかないユートピアだ。
【写真:環境局 民間住宅を再利用したオフィスの周辺はは小動物の宝庫。】
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ティングイ公園も治水とリクリエーションの両立のために作られた。興味深いのは、ここでも都市政策同様の経済効果がもたらされたこと。豊かな水と緑に囲まれた環境整備とともに高級住宅地が建ち並ぶようになり、地価が上昇したためだ。市にとって、資産価値の向上は税収の増加につながる。
【写真:ティングイ公園 周囲に高級住宅が建ち並び地価が上昇した。】
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ナカムラ氏は産業廃棄物置き場までも公園として蘇生させることに成功した。タングイ公園がそれで、所有者である企業に工業団地の土地を提供することで、市が土地を獲得。そこを断崖絶壁を背景とする見事な自然公園に作り変えたのである。
【写真:タングイ公園 かつての産業廃棄物置き場は景観豊かな公園に生まれ変わった。(C)クリチバ市】
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道路公園 |
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大規模な公園づくりの一方で、市街地にも小規模な緑地や公園を整備していった。面白いのは、それらが自動車の専用空間を侵食あるいは占領してしまっていることだ。例えば幹線道路の分離帯。そこには、緑地に沿って遊歩道や自転車道、フェンスで囲まれたテニスコート、バスケットコートが配置されている。
【写真:分離帯公園 幹線道路のあちこちにこうした土地活用が見られる。】
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道路そのものを公園に変えてしまったところもある。例えば、かつては閑静な住宅地の車道だった場所だ。行き止まりの先は児童公園とジョギングコースが連続している。自動車の通行量が少なかったのが理由ではない。住民の生活環境のためには、自動車を犠牲にしてもよいとの判断だ。驚いたのは十字路を閉鎖して交差部分を公園化した例。地域住民の安全な憩いのために、自動車は迂回を余儀なくされている。
【写真:道路公園 かつての道路の面影は無く、閑静な公園が続く。 】
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【写真:十字路公園 自動車よりも人間を重視する象徴として映る。】
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環境教育 |
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クリチバ市は緑地とともにゴミ問題にも取り組んだ。1989年に環境都市を宣言するや否や実績を上げて1991年には国連からゴミ対策の賞を授与。翌年の地球サミットでは北九州市とともに環境都市として表彰されて一気に世界のリーダー格に躍り出る。
ナカムラ氏によると、クリチバ市が真っ先に取り組んだのは教育だった。ゴミの分別回収を強制するよりも、環境学習として実践させることを重視したのだ。1989年ごろから始めた「ゴミでないゴミ運動」と呼ばれるプログラムがそれだ。家庭ゴミを「生ゴミ」と「資源ゴミ」に区別してもらい、後者を「ゴミでないゴミ」として分別回収させた。ところが大人の意識がなかなか上がらない。そこで子供たちを啓蒙することで一般への普及につなげた。「葉っぱ家族」というキャラクターを考案し、学校教育で環境保全とゴミの分別回収の大切さを訴えたのである。子供たちは敏感に反応し、家庭で親たちに実践を迫る。子供たちにしつこく正論で挑まれては無関心な親でも無視するわけにはいかない。こうして一般市民への意識改革を浸透させていった。
【写真:葉っぱ家族 (c)クリチバ市】
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一方でファーベラなど教育がなかなか浸透しない場所には、経済的な効果を狙った。「緑の交換計画」と呼ばる、低所得者層から出る「ゴミでないゴミ」を野菜と交換するプログラムだ。野菜は豊作で捨てられる運命のものを市が安く引き取ることで賄った。資源ごみ3の重さに対し、野菜1の割合で交換したところ、たちまちゴミの分別回収効果が上がったという。
こうした取り組みにより、クリチバ市は現在、リサイクル率で世界トップにランクインするまでになった。
市民の意識調査では「住みよい街」である理由として「ゴミの分別回収による清潔さ」が一番に上がっている。
クリチバは理想的な都市というわけではない。現在、増え続ける人口に対処するために新たな交通や環境対策の必要に迫られている。貧富の格差は依然として顕著だ。それでもクリチバほど短期間のうちに都市や環境ですぐれた実績を残した都市は少ない。人間中心の考えをわかりやすく継続的に実行した手法に、都市のUDの大きなヒントがあるはずだ。
【写真:緑の交換計画 経済的な充足がやがて住民の自立を促してゆく。 (c)クリチバ市】
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