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2.ユニバーサルデザインの事例と動向
 
#45 クリチバに見る都市のユニバーサルデザイン1
 
曽川 大/ユニバーサルデザイン・コンソーシアム研究員
 
 ユニバーサルデザイン(UD)の視点で捉えると、東京はどう映るのか。交通や建物のアクセシビリティ、安全性の面で先端都市であることは間違いない。が、都市機能が優先され、多くの生活者が取り残されていることも否めない。例えばUDの原則に記されている「わかりやすさ」。地方出身者や外国人は言うに及ばず、在住者や通勤・通学者でさえ都市機能を理解し使いこなしている人は少ないのではないか。

 UDを都市レベルで捉えるのは困難だ。第一に、プロダクトのように単体で存在するのではなく、都市交通と建築物がダイナミックに相関している。全体像が極めて把握しにくいのである。第二に、都市には数千年から数百年の長い歴史がある。そして絶え間なく成長し続けている。文化や時間軸という要素も考えねばならない。第三が環境との相反関係。快適な生活環境にとってきれいな空気や緑は不可欠だが、一方で移動手段や空調設備などの利便性も求められる。往々にして開発は自然環境を破壊し、効率化はエネルギー消費量を増加させて大気汚染や地球の温暖化を招く。快適性と利便性は常に矛盾を抱えてしまう。

 そこで視点を海外に転じてみたい。ニューヨークやロンドンなどの先進国は東京と大差はないのだが、ブラジルにUDの要素を色濃く持つコンパクトシティが存在していた。パラナ州の州都、クリチバである。もっともクリチバがUDを標榜しているわけではない。むしろ、貧富の格差やスラムといった機会均等の面では大きな課題を抱えている。それでもこの都市が魅力的なのは、都市づくりの思想とそれを実現に導くいくつかの手法が際立っているためだ。
クリチバの概要
人間中心のまちづくり
自動車と公共交通との共存
土地利用政策
バスシステム
都市づくりのツボ
クリチバの概要
 
パラナ松 パラナ州とクリチバ市のシンボル・ツリー。枝ぶりが上方向に向いているのが特徴。 クリチバはブラジルの南部に位置するパラナ州の州都である。標高935メートルの高原都市で、年間を通してすごしやすい気候に恵まれている。クリチバの地名はインディオの言葉で「たくさんの松の実」に由来するといわれている。市の人口は約150万。さらに周辺25都市で構成するクリチバ大都市圏を含めると240万人を越える。およそ90%を占めるヨーロッパ系の移民を中心に、先住民のインディアンや黒色人種、日系人をはじめとするアジア系移民など雑多な人口構成だ。
【写真:パラナ松 パラナ州とクリチバ市のシンボル・ツリー。枝ぶりが上方向に向いているのが特徴。】
 
歩道のモザイク パラナ松の実を図案化。 その名が世界中に知られるようになったのは、1992年にリオデジャネイロで開催された地球サミットにおいて環境対策を表彰されてからである。さらに世界各国の専門家を感嘆させたのは、土地利用政策を中心とするさまざまな政策が人間中心の環境づくりに向けて連動されていたことだ。この思想がユニバーサルデザインの本質と合致することは言うまでも無い。
【写真:歩道のモザイク パラナ松の実を図案化。】
 
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人間中心のまちづくり
 
ジャイメ・レルネル氏 1937年クリチバ生まれ。国立パラナ大学建築学部都市計画科を卒業後、イプキに入所。クリチバ市長を3期、パラナ州知事を2期務める。2002年、国際建築家連合会(UIA)会長に就任。 市のマスタープランは1965年に遡る。そのテーマが「人間中心のまちづくり」だった。マスタープランの策定に深く関与したのがジャイメ・レルネル氏。当時学生だったレルネル氏はこの仕事がきっかけでクリチバ都市計画研究所(イプキ)の初代所長となり、都市計画の中枢を担うようになる。めきめきと頭角を現したレルネル氏はリーダーシップと能力を買われ市長に就任。1971年から合計3期(12年間)を務め、理念を具体的な施策で実行していく。
【写真:ジャイメ・レルネル氏 1937年クリチバ生まれ。国立パラナ大学建築学部都市計画科を卒業後、イプキに入所。クリチバ市長を3期、パラナ州知事を2期務める。2002年、国際建築家連合会(UIA)会長に就任。】
 
クリチバ都市計画研究所(イプキ) 市長直轄の独立法人で1965年に設立された。都市計画の策定をはじめ、投資計画や行政改革、プロジェクト遂行の監修といった役割を担う。クリチバ市が一貫した都市計画を実現できたのは、イプキがマスタープランを柔軟に見直しながら都市政策を継承してきたため。 レルネル氏は、「人間中心のまちづくり」を阻むのは自動車であると考えた。1970年代の初頭、ブラジルではモータリゼーションの黎明期であり、ブラジリアに見られるような自動車交通を中心とした都市計画がまちづくりの手本とされていた。だが、クリチバ市では逆に自動車を排除したまちづくりを目指した。自動車中心の街は人を大切にしていないからである。
【写真:クリチバ都市計画研究所(イプキ) 市長直轄の独立法人で1965年に設立された。都市計画の策定をはじめ、投資計画や行政改革、プロジェクト遂行の監修といった役割を担う。クリチバ市が一貫した都市計画を実現できたのは、イプキがマスタープランを柔軟に見直しながら都市政策を継承してきたため。】
 
クリチバ都市計画研究所(イプキ) 市長直轄の独立法人で1965年に設立された。都市計画の策定をはじめ、投資計画や行政改革、プロジェクト遂行の監修といった役割を担う。クリチバ市が一貫した都市計画を実現できたのは、イプキがマスタープランを柔軟に見直しながら都市政策を継承してきたため。 レルネル氏は市民の賛同を得るためにはシンボリックな結果が必要と考え、街一番の繁華街から自動車を排除し、ここを歩行者専用モールとすることを計画。強硬手段に打って出た。週末を利用し、72時間で車止めを設けて車道を歩道に変えてしまったのだ。しかも、事前に議会や公聴会を通すことはしなかった。通常の手続きを踏んでいたら計画がいつ実行されるのかわからなかったからだ。商店主たちは猛反発した。車の排除による売り上げの減少を恐れたからだ。市長以下、市役所の職員は歩道に座り込んで抗議行動を阻止した。
【写真:クリチバ都市計画研究所(イプキ) 市長直轄の独立法人で1965年に設立された。都市計画の策定をはじめ、投資計画や行政改革、プロジェクト遂行の監修といった役割を担う。クリチバ市が一貫した都市計画を実現できたのは、イプキがマスタープランを柔軟に見直しながら都市政策を継承してきたため。】
 
花通り レルネル氏が政治生命をかけて実現した歩行者専用道路。現在では安全なショッピングストリートとして、市民が憩う場所として愛されている。  結果はレルネル氏が予想したとおりとなった。歩行者天国となったショッピングストリートは終日人々で賑わうようになった。売り上げも順調に伸び、他の地域の商店街から歩行者専用道路への改修が陳情されるまでになった。現在、そこは「花通り」の名称で市民や観光客から親しまれている。
【写真:花通り レルネル氏が政治生命をかけて実現した歩行者専用道路。現在では安全なショッピングストリートとして、市民が憩う場所として愛されている。】
 
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自動車と公共交通との共存
 
 シンボリックな場所はよいとしても、中心市街地から自動車を完全に排除することは現実的ではない。そこで考えられたのが、公共交通機関との共存である。当初は地下鉄が検討されたが、その建設費が賄えずに断念。代わりに採用されたのがバスである。これが世界に冠たるユニークなシステムとして注目を浴びるようになる。

レルネル氏は、いくらバスを導入しても市民が日常の移動手段として自動車をはるかに超える頻度で利用しなければ意味が無いと考えた。そのためには、バスが便利で信頼できる乗り物として認知されねばならない。また、当然のこととして、バスの主要運行レーンに沿って職場や商業施設が存在する必要がある。そうした要所をバス路線でつなぐのが普通だが、レルネル氏は逆の手法を取った。バスレーンに沿って主要施設を配置させたのである。その役割を担ったのが土地利用政策だ。
 
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土地利用政策
 
クリチバ市の都市軸 赤と黄色の部分がビジネスと商業の集積ゾーン。5本の都市軸にそって高層ビルが立ち並ぶように計画されている。 クリチバ市の地図を見ると、商業やビジネスの集積地と住宅地がはっきりとゾーニングされていることがわかる。このクリチバ特有の都市景観は、飛行機やテレビ塔から眺めると一層明確だ。高層ビルの集積地が市の中心から郊外に延びる5本の幹線道路に沿って計画され、明確な都市軸を形成している。ゾーニングや開発権移転制度により、都市軸沿いに高層ビルが立ち並ぶようゾーンの容積率アップを認め、ゾーニングのための土地交換を積極的に推進した成果だ。
【写真:クリチバ市の都市軸 赤と黄色の部分がビジネスと商業の集積ゾーン。5本の都市軸にそって高層ビルが立ち並ぶように計画されている。】
 
クリチバ市の景観 高層ビルと住宅のゾーニングがはっきりと分かれている。 開発移転制度は、市街地での歴史的建造物の保護にも用いられている。土地や建物の所有者が商業ビルなどの容積率をアップしたい場合に、歴史的建造物保護に資金協力をすればその分をボーナスとして容積率に加算できる仕組みだ。
【写真:クリチバ市の景観 高層ビルと住宅のゾーニングがはっきりと分かれている。】
 
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バスシステム
 
 幹線道路はトライナリーシステムと呼ばれる。バス専用レーンと両サイドの車道、そこを中心に1ブロックづつ離れた場所を走る上下一方通行車道の3車道で構成されるためだ。バス専用レーン走るのはクリチバ名物ともいえる赤い車体の急行バスである。3両連結で一度に270人の乗客を輸送することができる。圧巻なのは、運行ダイヤで、ラッシュ時にはほぼ30秒おきにバスが発着する。1時間あたり36,000人を運ぶ計算だ。電車と同じように運行しなければ市民の足として定着しないと考えたレルネル氏の交通政策によるものだ。
 
バスレーン 中央のレーンはバス専用道。   急行バス 幹線を3連結で走る主力バス。
 
【写真左:バスレーン 中央のレーンはバス専用道、写真右:急行バス 幹線を3連結で走る主力バス】
 
フィダーバス 中心市街地を走る中型バス。 市のバスは16の民営事業者によって運営されている。急行バスの他、中心市街地を走るシティ・センター、環状線を走る地区間バス、ターミナルと住宅地を結ぶフィーダーラインなどが色分けされ、運送能力によって1〜3両で構成される。車体は事業者が購入し、施設は市の負担している。運賃収入は、都市交通局に一度集められた後、運行距離に応じて各事業者に配分される。乗客数ではなく距離によって収入が決まるため、事業者はできるだけ運行本数を増やす。専用道のため交通ラッシュが無く本数も多いため、市民はおのずとバスを活用するようになる。バス業者にとっては、施設整備費負担がないこと加え、利用率が高いため(1日当たり延べ19万人の市民が利用)、料金が均一料金の0.85レアル(約50円)であるにも関わらず、事業採算は取れているという。
【写真:フィダーバス 中心市街地を走る中型バス。】
 
 3連結バス同様、クリチバのシンボルとして名高いのがバスチューブだ。アクリル製の円筒形で一方の端が入り口、他方の端が出口になっている。入り口には係員がおり、運賃を徴収する。バス乗降に要する時間を短縮するためだ。チューブの高さはバス車両と同じで、バス到着と同時に車体から乗降用のプレートがチューブ側に渡される。同時に、バス停のホームドアが車両の存在を感知して自動に開く。歩道面からチューブには3段のステップがあるため、車いすの利用者やベビーカー等のためのリフトが設置されている。市内では、400メートル間隔にバス停が、約1.4kmおきに乗り継ぎターミナルが配置されている。
 
バスチューブ アクリル製で両端が出入りになっている。係員がおり、運賃を徴収する。チューブの高さは車両と同じで、到着と同時に車体から乗降用のプレートが自動で渡される。歩道面からチューブには3段のステップがあるため、車いす利用者のためのリフトが設置されている。   バスチューブ アクリル製で両端が出入りになっている。係員がおり、運賃を徴収する。チューブの高さは車両と同じで、到着と同時に車体から乗降用のプレートが自動で渡される。歩道面からチューブには3段のステップがあるため、車いす利用者のためのリフトが設置されている。   バスチューブ アクリル製で両端が出入りになっている。係員がおり、運賃を徴収する。チューブの高さは車両と同じで、到着と同時に車体から乗降用のプレートが自動で渡される。歩道面からチューブには3段のステップがあるため、車いす利用者のためのリフトが設置されている。
 
【写真左・中央・右:バスチューブ アクリル製で両端が出入りになっている。係員がおり、運賃を徴収する。チューブの高さは車両と同じで、到着と同時に車体から乗降用のプレートが自動で渡される。歩道面からチューブには3段のステップがあるため、車いす利用者のためのリフトが設置されている。】
 
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都市づくりのツボ
 
 レルネル氏は季刊ユニバーサルデザインのインタビューに対し、都市政策の要点を大きく2つあげた。「わかりやすいこと」と「とにかく始めること」だ。最初から完全な解答をめざすのではなく、とにかく始めることが大切だと強調する。あとは柔軟に対応しつつ、市民にわかりやすく示せば、さまざまな方面から知恵が集まるという。東京をはじめとする大都市では、専門家達が物事を複雑にしすぎているのが問題らしい。小さな積み重ねと同時に、市民が注目する象徴的なプロジェクトを実行すれば、理解がさらに深まり、行政との協同関係が築きやすくなる。レルネル氏はこれを「鍼療法のツボ」に例える。

 クリチバ市は土地利用政策をゾーニングや交通軸の整備に活用し、優れたバスシステムを導入していった。結果、市民の足を自動車から公共交通にシフトさせ、自動車への依存を減らすことに成功した。しかも、民間が運営するバスの収支は黒字で、税金による補助は受けていない。交通渋滞や排気ガスの汚染を軽減はされ、市街地では歩行者優先モールが拡張されている。「人間中心のまちづくり」を実践したのは、レルネル氏と彼を継承した歴代市長の信念とリーダーシップはもちろんのこと、イプキを中心とする都市政策を立案・施行する行政機関の権限と一貫性によるところが大きい。複雑化した都市機能を整理して人間中心のまちづくりを実行する上で、クリチバは格好のモデルケースとなるはずだ。

※ 参考資料
「人間都市クリチバ」
服部圭郎著、学芸出版発行、2004年4月

「緑あふれる南米の高原都市 そのダイナミックなまちづくりはどこまでも『人間中心』」
川内美彦執筆、季刊ユニバーサルデザイン15号、ユニバーサルデザイン・コンソーシアム発行、2005年4月
 
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