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2.ユニバーサルデザインの事例と動向
 
#32 ユニバーサルデザインで、「車いす」を考える
 
− 介護の現場で、車いすが病気をつくる −
 
 ユニバーサルデザインは利用者本位のデザインです。しかし、「福祉社会」を象徴する車いすには、「利用者不在」の現状があります。介護現場の必需品でありながら、医療者や介護者が車いすを知らず、身体に合わない車いすが利用者にあてがわれ、それが床ずれなど二次障害の原因になっていることも少なくありません。車いすの差し迫った現状をレポートします。
 
(小平慎一、UDC主任研究員)
身体を起こすだけで効果はあるが…
起こせばいいというわけではない
教育機関でさえ車いす教育は行わない
日本製車いすは開発途上
身体を起こすだけで効果はあるが…
 
ベタニヤホームは全館個室的多床室 この20数年、「寝たきり老人を起こせ」という運動が広がり、老人病院、介護施設、在宅介護で多くの努力が払われてきた。
「ギャッジベッド上で上半身を起こすだけでも、脳の覚醒水準が上がります。つまり意識的な働きが高まります。まして端座位をとる(自力で座れる)ようになると、自信が生まれ、生活意欲が向上します」と、札幌にあるクラーク病院の桂律也リハビリ部長はいう。
 が、一口に「座る」といっても、自分が座っている状態を考えていただきたい。人間は座っているだけで、さまざまな身体機能を使う。筋肉では、胸筋、腹筋、背筋、骨格では、骨盤、脊椎、頸椎などが重力に抵抗してふんばっている。座るというだけでかなりのエネルギーが消費され、バランスをとるために、脳も神経系も大汗をかいている。
 人間が寝た姿勢から、座る姿勢に移ると、呼吸が深くなり、心臓は、それまでの水平状態から垂直方向に血液を運ぶ必要上、働きを活発にする。当然、身体を起こせば、嚥下(食物の飲み込み)も消化機能も高まり、排泄もしやすくなる。
 「起きる」という動作は股関節の拘縮(固まること)を防ぐことにもなる。寝たまま股関節が固まると、人間の身体は棒状態で硬直し、自力で身体を起こすどころか、排泄介助も難しくなる。
 座ることは身体諸器官に有益であるばかりではない。エネルギーを消費するから食欲を増進させる。人とのコミュニケーションがとりやすくなることで、コミュニケーション意欲が生まれ、人間的な社会性が復活するきっかけにもなる。
東京中野区にあるベタニヤホーム(特別養護老人ホーム)では、重度の要介護者も朝起きて自分の服に着替え、車いすに乗る。
 「重い痴呆症で、ベッド上で大声で騒いでいた人が、朝から車いすに乗るようになるだけで落ち着くことがあります。座るというだけで、表情が豊かになり、“問題行動”が減少する場合が多いのです。また、食事、レクリエーションで人の輪の中にいることで笑ったり、話をはじめる人もいます。よほど重度の人でも、介護職員に何かを求めるようになります」というのは、同施設のケースワーカー、中村英男氏だ。
 座ることで、人間の生活が、「正のスパイラル」にギア・チェンジする。「座り」の効果は、身体的な意味以上に、「心」への要素が大きい。
【写真:ベタニヤホームは全館個室的多床室】
 
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起こせばいいというわけではない
 
車いすを1人ひとりに合わせることで、入居者はより活動的になる 寝たきりの人を起こすことは文句なくよいことだ。しかし、ここに問題がある。どう起こすか、である。
 「これまでは、“起こす”ことに焦点が集まりすぎ、“座りの質”についてあまり議論されてきませんでした。しかし、場合によっては寝たままより悪い状態になることがあります」と桂医師は警告する。
 せっかく起こしても、悪い姿勢のまま長時間座っていれば、骨盤が傾き、それに合わせて脊椎は前後左右に崩れて変形する。車いすに座っている高齢者が、左右に大きく身体を傾け、腰を座面の前のほうに滑らせて座っている光景をよく見かける。この姿勢は危険信号だ。30分くらいの短い時間ならいいが長時間この姿勢が続くと、身体は悲鳴を上げる。
 この姿勢では、さまざまな部位にムリな力が加わる。その結果、首、肩の凝り、腰痛、膝痛の原因にもなる。血行が滞り、いずれ座ることさえできなくなる。せっかく寝たきりの人をムリに起こしても、これでは意味がない。
 本来、背骨(脊椎)は横から見て、ゆるいS字カーブを描いている。長時間、脊椎がゆがんだままの状態でいると、脊椎は背中でぎゅっと折れてC字型の猫背(円背)になる。頭を前に突き出して、うつむいた姿勢だ。人と話をするためには、わざわざ首を持ち上げなければならず、首や肩が疲れる。この姿勢のままでは人との会話や活動は消極的になりやすい。
 さらに、C字型に変形した脊椎は、極端にいえば内臓を包みこむ形になる。胸を覆っている肋骨が狭まり、肺を圧迫し肺活量を減少させる。血液中の酸素量が減り、全身の代謝活動が低下する。もちろん、嚥下、消化、排泄にも影響を与える。つまり、寝たきりの状況と大差がないか、それよりも状況が悪くなることがある。さらに、血行が滞り、褥そう(細胞壊死)が起きやすくなるのも寝たきりと同じだ。
 昨年から医療施設の褥そう管理が保険点数上、厳しくなったが、尻にできた米つぶ大の褥そうで、1カ月の治療が必要だ。しかも、この褥そうの治療で体力は著しく落ちる。褥そうにならないまでも、尻などが赤くはれるようになると激しく痛み、座る状態に耐えられなくなる。
 「寝たきりでいたいというお年寄りをムリに起こしてはかわいそうだ」という理由で寝かせきりにしてしまう施設が多いが、ふだんムリな姿勢で車いすに座らせている可能性を考える必要がある。
 さらに問題なのは、車いすに高齢者を長時間、ベルトなどで固定することだ。どの施設にも7割以上いるといわれる痴呆性高齢者が、車いすから立ち上がろうとしたり、前へ前へと身体をずらして、ずり落ちそうになるのは、車いすから逃れようとするサインである。それを「転倒する危険があるから」という理由で、車いすにベルトで固定してしまうのでは拷問だ。
 誰でも、2時間の映画を観る間に、血行を整えるために何度も姿勢を変える。それをベルトで座席に固定されたら、足、尻、腰がしびれて映画どころではなくなるはずだ。
【写真:車いすを1人ひとりに合わせることで、入居者はより活動的になる】
 
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教育機関でさえ車いす教育は行わない
 
既製品の車いす(右)を、シーティングして身体に合った車いす(左)にすることで、ベルトが不要になった。姿勢もしっかりして、腰痛などがなくなった ところが、車いすを変えると、状況が一変することがある。
 「ムリのない姿勢で座れる車いすを使うと、それまで自分で車いすを漕ぐことができなかった重い脳性マヒの人が、自分で漕げるようになったり、なかには歩けるようになる人もいます」(桂医師)
 車いすを自走させることは、体力を向上させるだけではなく精神的な開放感も大きい。しかし、そのためには、ユーザー1人ひとりに、もっともよい「座り」(シーティング)を車いすの上で実現しなければならない。
 欧米では、1人ひとりのユーザーに、専門教育を受けた専門家(作業療法士、義肢装具士など)が、「どのような姿勢で座らせるか」を検討する「シーティング・クリニック」を行うのが一般的である。シーティング・クリニックによって、ユーザーに合った車いすが?調合?される。日本でも、クラーク病院をはじめ、シーティング・クリニックを行う病院がいくつかあるが、まだまだ数は少ない。
 シーティング・クリニックでは、疾病や身体状況だけではなく、その人の生活スタイルに合わせた「座りの姿勢」が求められる。
 子どもの車いすの調整を行う戸塚地域療育センターの松本政悦氏(作業療法士)は、「子どもと同じ目線で遊びながら、その子どもの特性を十分把握したうえで車いすをつくります」と語る。よい座位姿勢をつくるだけではなく、その子どもの性格を伸ばすことも射程に入れられる、という。
 しかし、現状では、「日本では、車いすをフィッティングする専門職が育てられていません。本来、それを行う作業療法士や理学療法士の学校でも、車いすのシーティング教育はほとんど行っていません」と、日本のシーティング・クリニックの草分けである東京都立保健科学大学の木之瀬隆講師(作業療法学科)は嘆く。
 車いすは、もともと医師が“処方”するが、医学教育でも車いすについて触れることはなく、多くの病院で処方される車いすは、ユーザーのQOL(生活の質)はもちろん、褥そうなど二次障害について誰も責任がとれない状況にある。
 その結果、利用者の多くが、合わない車いすを我慢し、場合によっては寝たきりに近い状態に甘んじている。ユーザーに合わない車いすは、養護学校の裏などに捨てられ山積みにされたり、病院などに寄付される。しかし、自分が使えない車いすは他人はもっと使えない。
【写真:既製品の車いす(右)を、シーティングして身体に合った車いす(左)にすることで、ベルトが不要になった。姿勢もしっかりして、腰痛などがなくなった】
 
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日本製車いすは開発途上
 
 シーティング・クリニックを行う施設が少ないということは、車いすの開発そのものを遅らせる原因にもなる。「もっといいものをつくれ」というユーザーからの熱い声がなければ開発競争が停滞するのは道理だ。
 日本の福祉制度では、障害の等級によって、車いすが「交付」されてきた(今年4月からは支援費制度によって、本人が購入するかたちになる)。その基準額は10万円そこそこで、米国、ドイツ、北欧など欧米諸国の支給額の2分の1以下である。
 欧米では、その手厚い支給額を原資に、福祉機器産業が伸び、国際市場を舞台にした開発競争が進められている。欧米の車いすの特徴は、車いすの部品が細かくモジュール化(部品規格の統一化)されていることだ。つまりさまざまな部品を、ユーザー1人ひとりに合わせて組み合わせることができる。おおげさにいえばシーティング・クリニックの現場が車いすの工場になる。
 これを「モジュラータイプ」といい、日本でも、最近、急速に開発が進められているが、まだ追いつかない。また、たとえ車いすの性能が追いついてもシーティング・クリニックを行える専門職が少ない。
 北欧、ドイツなどでは、その人のQOLを最大限に高めるための福祉用具の支給が行われる。もちろん、制限はあるが、その制限内で最大限のQOLを引き出すのが専門職の「技」であり、誇りであろう。
 これらの国々では、福祉用具の社会的コストは、一見高い。しかし、日本の現状では、車いすが安易に粗大ゴミ化され、ユーザーの二次障害を治療するために膨大な医療費が支払われている。場当たり的に福祉コストを節約するのは、水道管に空いた大穴を見過ごして、蛇口だけ小さくするようなものだ。
 日本製の車いすは、コストを反映して、一般に素材、性能、耐久力などで欧米のものに劣る。もともと医療現場や介護現場にシーティング・クリニックという発想がなく、「車いすでありさえすればいい」という考え方が、車いすの開発を決定的に遅れらせてきた。
 日本では、欧米のモジュラータイプに対して、高齢者施設の大半で、必要最低限の性能をもつ「備品タイプ」の車いすが使われている。病院の玄関などでよく見かける車いすだ。
 座面、背もたれは布一枚で、キャンプ用のいすに車輪がついているといったシンプルなもので、長時間座るためにつくられていない。値段も中国製なら2万円くらいで購入できる。日本製でも4万円程度。手頃だからつい「おばあちゃん用」に買ってしまいたくなるが、使い方を間違うと危険な代物だ。
 作業療法士、理学療法士などの専門教育機関でもこのタイプのものが教材として使われている。それらの学校の卒業生は当然、これを基準にして、利用者の身体寸法に合わせて車いすを提供することになる。
 「病院や高齢者施設では、自弁で車いすを買う必要があるから、勢い、もっとも安価な備品タイプのものが使われる。リハビリ病院でも多くがこのタイプを利用しており、中には入院中に車いすで二次障害を起こすケースさえあります」と、シーティング・クリニックの“伝道師”として全国を飛び回って普及につとめている神奈川県リハビリテーション病院の玉垣努氏(作業療法士)はいう。
 冒頭のベタニヤホームでは、保健科学大学の木之瀬氏の指導のもとに、米国のモジュールタイプの車いすを導入し、入居者1人ひとりにシーティング・クリニックを行う。施設職員は、ときどき、入居者の姿勢や身体状況をチェックし、部品の交換や、微妙な調整をすることが重要な仕事の1つになった。
 問題は、価格だ。家族に、車いすの重要性を理解してもらって、ふつうなら4万円ほどの車いすに30万円ぐらい出してもらわなければならない。「これまで1日1時間しかいすに座っていられなかったけれど、これなら5時間座っていられる」というように説得すると、大半の家族は納得するという。
 車いすも乗り慣れてみれば当たり前なものになる。重度の要介護者が多いベタニヤホームの入居者の外見はいたっておだやかだ。
 しかし、このおだやかで当たり前な生活風景こそ、さまざまな「技」とくふうの集大成なのである。
 
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