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#29 観光地のUDを探る |
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日本の人口動態を考えると、観光地においてもUDが求められています。しかし、その完成型はなく、進行中のいくつかの事例があるだけです。UD観光地の共通項は何かを探り続けてゆくうちに見えてきたのは、ホスピタリティの大切さでした。(北岡敏信 UDC主任研究員、詳細は本誌12号)
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風景を壊さず、歴史に敬意を払いながら、UDをかたちにしてゆく
歴史的建造物や景勝地にどこまで手を加えることができるのか
それとは気づかせないのがユニバーサルルーム
地球一周の船旅を通じて喧嘩ができるほど親しい仲に
おもてなしの精神がUDの観光地をつくる
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風景を壊さず、歴史に敬意を払いながら、UDをかたちにしてゆく |
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ヨーロッパの古いまちのほとんどは歩きやすさよりも美しさを重視しているようだ。例えばローマの人々は第二次世界大戦が終わると、戦時中ナチスが戦車の通行がしやすいように石畳の上に張ったアスファルトを元の姿に戻した。
景観、美しい自然、歴史的建造物……。思えば、観光資源といわれるもののほとんどはUDをかたちにするに当たっての対立軸でもある。風景を壊さず、自然を守り、歴史的価値に敬意を払いながら、UDをかたちにしていくのはむずかしい。
一例を挙げよう。川越市一番街はまちに残る古い蔵を活用することで観光客が急増したが、その古い蔵はバリアだらけで、2階に上がるために急勾配の階段を昇るのは、これといった障害のない身でも苦行だ。
2階に昇ると、窓越しに江戸時代に建てられた時計塔“時の鐘”が見える。床に座り込んで、往時の商家の暮らしぶりに思いをめぐらしていると、急勾配の階段も何だか魅力的な“通過儀礼”のように思えてくるから不思議だ。最初バリアに思えた階段も、立派な観光資源なのではと自問してしまう。
この階段は急勾配かつ狭いのでリフトを付けるのはむずかしいし、人的介助で対応するには並はずれた身体能力の持ち主でなければ無理だ。「どうすればいいんだ」と一人ごちしながら建物を後にした。
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歴史的建造物や景勝地にどこまで手を加えることができるのか |
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門司港レトロ地区に位置する旧門司三井倶楽部は重要文化財に指定されている由緒ある建物だ。戦前、アインシュタイン博士が宿泊した2階の居室は現在、博士や門司(現北九州市)生まれの『放浪記』の作者、林芙美子にまつわる展示室となっている。
重要文化財の内部は基本的に手を加えることはできないが、外構に関してはそのかぎりではない。この重要文化財ではスロープは建物の後ろに配置されており、車いす利用者は裏口から入ることになる。車いすに乗ったままで1階は見て回れるが、2階へ上がるのには人的介助が必要だ。
「重要文化財なのでエレベータの敷設はできません。ご家族やお友達が手を貸して、階段を昇る姿を年4、5回見かけますね」と、係員は申し訳なさそうに重要文化財であることを強調する。
外構にはバリアフリー仕様を施し、内部は歴史的価値を尊重する。どうやらこれが重要文化財をバリアフリー化する現在の着地点のようだ。自然との折り合いはどうだろう。まちづくりに情熱を傾ける人々の間でも、その意見はまちまちだ。障害児をもつ親は「車いす利用者が快適に移動できる遊歩道」を求めるし、「そんなことしたら風景が台なし」という人もいる。結局、車いすが通れる遊歩道は造るが、アスファルトと比較して移動しにくくても、風景に溶け込む素材を用いることで落ち着いた。
21世紀の日本の人口動態を考えると、UDの視点による観光地づくりは避けて通れないが、それをかたちにしてゆくためには住民による合意形成がきわめて重要だ。ユニバーサル・デザイナーの仕事は住民の相対する意見を汲み取り、地域特性を勘案して色彩やフォルム、素材を選び、美しいかたちにしてゆくことである。どんなにアクセシブルにしても、美しくなければ観光的な価値はない。UDの観光地づくりは、デザイナーの力量にかかっているともいえる。
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【写真左・右:重要文化財「旧門司三井倶楽部」の裏側に敷設されたスロープ】
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それとは気づかせないのがユニバーサルルーム |
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三重県鳥羽市に事務所を置くNPO(法人)伊勢志摩バリアフリーツアーセンターは「パーソナルバリアフリー規準」を適用して、1人ひとりの旅行相談にきめ細かく乗っている。「たとえ使い勝手がよくても、施設っぽく感じさせる部屋はだめです」と、車いすの配偶者とともに豊富な旅行経験をもつ同センター事務局長の野口あゆみさんは力を込める。同センターでは地元の旅館「扇芳閣」から依頼を受けて、ユニバーサルルームをプロデュースした。それとは気づかせないのがユニバーサルデザインの理想型だが、野口さんらがめざしたのは、まさにそのような部屋である。
人は非日常を求めて、リゾート地にやって来る。一般客に違和感を与える部屋では経営的にも成り立たない。リゾートの雰囲気を壊さず、障害のある人のバリアを取り除くためにはどうすればよいか。身体障害者、視覚障害者、聴覚障害者、設計士、施工会社、旅館スタッフが月1回集まり、本音で意見をぶつけあった。
できあがったのは、多くの人が泊まりたくなるような露天風呂付きの部屋だ。重装備にしたために費用がかさみ、一般客室よりもかなり高額な料金を設定するユニバーサルルームもあるが、この部屋は他の部屋とほぼ同じだ。
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【写真左:伊勢志摩バリアフリーツアーセンター、写真右:事務局長の野口あゆみさん】
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地球一周の船旅を通じて喧嘩ができるほど親しい仲に |
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東京・晴海港に停泊するピースボート「トパーズ号」を訪ねたのは、同船が出航を明日に控えた6月の暑い日だった。巨大な客船の傍らには、何百ものスーツケースや段ボール箱が山積みされている。地球一周3カ月もの航海となると、これほどまでに荷物が必要なのかと驚嘆しながら、船内見学のために入船した。
ピースボートはUDにも力を入れており、ベッドルームとバスルームとの床の段差をなくしたキャビンや視覚障害のある人に配慮したキャビンを新たに設けている。といっても、古いギリシア船のチャーターなので、バリアフリーのための改修も限られた部分のみとなっている。船内をよく見れば、障害のある人にとっては、介助なしでは苦労しそうなところもあり、船内のバリアは少なくない。
それでも、1年に複数回出航するピースボートには必ずといってよいほど、障害のある人が乗船している。その理由のひとつは独自のボランティア制度にあるようだ。旅行代金は約140万円〜約400万円と高額(他の世界一周クルーズに比べれば安い)だが、オフィス事務やポスター張りなどの「船を出す作業」をポイント化して、旅行代金からポイント相当分を差し引く仕組みができている。この仕組みはシステムとしてバリアフリーになっていて、障害により1人での作業が困難な人でも、パートナーを見つければボランティアスタッフとして活動でき、作業時間はポイントされる。
「いっしょに作業する多くの人の中から、船上でのサポート役になるパートナーを見つけるよい機会にもなります」とピースボートの共同代表の1人で、自身も障害のある人のサポート役としての乗船経験をもつ大畑惣一郎さん(サスティナブルデザイン担当)は語る。
「長い航海なので、お互い気を遣っていては疲れてしまう。気兼ねなく、何でも言い合える仲でなければもちません。喧嘩してはじめて、理解し合えることもあります」
船上でのサポートは個人の意思によるものなので、次回の航海へのポイントにはならない。それでもサポート役を引き受けてくれる友人がいれば、ハード面の多少のバリアは難なく克服できるのだろう。
乗船者の年齢構成は20歳代以下と50歳代以上がほとんどで、30代〜40代はごくわずか。航海の当初は年齢層で分かれていても、航海が中頃にさしかかる頃には年齢に関係なく、同じテーブルで談笑する姿をよく見かけるという。
これもまた、障害のあるなし、年齢にかかわらず、いっしょに楽しめるUD観光のひとつのかたちである。
【写真:東京・芝浦港から世界一周クルーズに出航するピースボート。乗客のほとんどは20歳代以下と50歳代以上の人たちで、障害のある乗船者もいる。障害のあるなしや年齢にかかわらず旅を楽しむUD観光のひとつのかたちだ】
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おもてなしの精神がUDの観光地をつくる |
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1人ひとりの個人的な体験を語る口コミも、まとまれば風聞となり、やがては真実として語られる。多種多様なメディアが発達した今でも、人々にとって最も信頼性の高いメディアは家族や友人、恋人からの体験談であり、口コミだという。
1ホテルの対応が悪ければ、その観光地全体のホテルの対応が悪いとされ、1レストランの食事がまずければ、すべてのレストランの食事がまずいとされるように、風聞は増幅し、喧伝されていく。またその逆もしかりである。
「交通バリアフリー法」などによりハードの改善は進んでいるが、それと同時にソフトのUD化を進めなければ魅力的な観光地はつくれない。UDが息づく観光地とは、観光業に直接関与しない人も含めて、困っている人がいれば手を差しのべるのが当たり前のまちのことではないか。
観光地はもともと地域性を資源とするわけだから、UD観光地のかたちは観光地の数だけあることになる。共通項は何かを探り続けてゆくうちに見えてきたのは、当たり前すぎるが、ホスピタリティの大切さだった。
観光地のUDとは結局、ホスピタリティをかたちにしてゆくことなのだろう。
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【写真左:日本を代表する温泉地熱海。熱海サンビーチとなぎさ親水公園にはいたるところに海に向かってスロープが設けられている、写真右:浜松市フラワーパークは広大な敷地内にバラ園、梅園をはじめとする四季の花が楽しめる。車いす用のスロープが完備されている】
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