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#14 福祉用具を意識させない車イスのデザインとは |
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居住環境の中でイスは、生活するうえで大きな要素である。とくに高齢になったり、障害があるイスの選択ひとつで生活の質が異なってくる場合がある。齋藤氏は、イスも重要だが、その座り慣れたイスが、車イスにもなるというシステムをつくった。氏の開発コンセプトを解説していただいた。
【写真:アダプタブル・チェア】
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齋藤芳徳(さいとう よしのり)
一級建築士、社会福祉士、インテリアプランナー
1962年生まれ。福島大学大学院地域政策科学修了。1991年、スウェーデンで、高齢者・身障者のデザイン環境を調査。郡山の専門学校で教鞭をとりながら、東北大学博士課程で、高齢者の居住環境について研究中
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高齢者に近いモノほど細やかな設計が必要
日本人の住環境には木製車イスがなじむ
高齢者のための新しいイスの開発
イスと車イスのユニバーサル化の意味
自分のつくったものを検証し続ける視点
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高齢者に近いモノほど細やかな設計が必要 |
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高齢者居住施設の体験入居の記事などを雑誌でみかけることがある。その感想を読むと、外観などの建物の立派さなどについてはほめたりしているが、イスの座り心地やベッドでの寝心地などについては、あまり関心が示されていない。
しかし、考えてみると、外観などの建物が立派であることは、その中で暮らす高齢者にとっては、それほど重要なこととは思えない。高齢者居住施設が、高齢者が住むためにつくられるものであるなら、まず高齢者に視点をおいて、その立場から評価されるべきである。
すなわち、評価する視点を、モノをつくる側からモノを使う側に移すのである。
高齢期においては、年を重ねるごとに環境への適応能力が減失していく。また、高齢者と物理的環境との関係を考えると(図1)、高齢者に近いモノほど細やかな設計が必要になることがわかる。高齢者に近いモノのデザインは、適応能力の減失の影響を最小限に抑えたり、不足分を補うだけでなく、ストレスを和らげ、最終的には、高齢者に自負心をもち続けてもらうことを補佐するものでなければならない。
とりわけ、高齢者の住環境は、一般的に「座式生活」よりも「イス式生活」がよいといわれており、日本の高齢者居住施設のほとんどが、「イス式生活」を前提に設計されている。したがって、施設に居住する多くの高齢者にとって、これまでの生活で比較的なじみの薄いイス(または車イス)やベッドを中心とした空間は、とても大切な空間となる。
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【図1:高齢者を取り巻く物理的環境(画像をクリックすると別ウィンドウで拡大画像が出ます。)、写真右:アダプタブル・チェア(試作)】
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日本人の住環境には木製車イスがなじむ |
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高齢者中心の視点から、現在の高齢者が置かれているイス環境をみると、次のような問題点が浮かびあがってくる。
第1に、休息用としての性能が求められていること。
実際にT県の特別養護老人ホーム「H」で、日曜日の入居者の1日の生活時間を調査したところ、図2に示すような結果となった。車イス使用者は、1日のうち61%を車イスで過ごしており、移動手段としての使用は5%足らずである。また、車イスを使わない人も、1日のうち51%はイスに座って過ごしている。
しかし、車イスの場合でいうと、ほとんどの施設では、一般的に釣りやキャンプなどで、簡易的にしか使用されないスリングシート(座面や背もたれが、ビニールや布製で折り畳める)が使われている。高齢者の車イスが移動具としてよりも、圧倒的にイスそのものとして使用されている以上、もっと座り心地のよさが追求されるべきであろう。また、スリングシートの車イスは、高齢者の座位を保持することには適していないという報告もある(※1)。
いっぽう、施設の食堂のイスなどをみると、さすがにスリングシートはあまり使われていないものの、食堂の多くが多目的ホールとして使われていることから、広い空間をつくるためにイスは収納しやすいことを優先させている(※2)。また、同じサイズのイスが使われており、個々の身体状況に合わせたイスを使っている例はあまりみかけない。
寸法や形がよくないと、無意識のうちに体を動かすことになるので、落ち着いて作業がしにくいし、心身の健康にも悪い影響を及ぼすことが考えられる。さらに、自分に合うイスがないということは、自分の場所がないということにつながり、自分のベッドに座って、疲れたらそのまま横になって寝てしまいがちである。図2でわかるように、車イス使用者・イス使用者ともに、ベッド上で30%の時間を過ごしている。
なお、居室で使用する個人用のイスを個別に購入することについては、入居者の強い要望などがないかぎり、ほとんど配慮されていないようである(※3)。
第2に、木製車イスの性能向上が求められていること。
このことには、高齢者とモノとのなじみの問題(心理的)と、日本の住環境とモノとのなじみの問題(物理的)が含まれている。たとえば、食事のとき欧米ではスプーンやフォークを使い、日本では木製の箸を使う。高齢者が使用するモノの材料を選択する際も、強度や耐久性などの物理量を物差しにして評価することと並行して、親しみやすさからも評価していく必要がある。また、金属製の標準型車イスのデザインは、木製中心の高齢者の住環境とはなじみにくく、イスと並べた際にも違和感がある。高齢者の住環境にふさわしいデザインであるとはいい難い。
この観点から、高齢者らが屋内で使用する車イスを木製化する研究が行われ、すでに市販化されているが、残念ながら高齢者の身体変化等のニーズに合わせてシート部分や駆動部分を調整できるという、車イスとしての機能が十分に整備されているといえないのが現状である(※4)。
さらに、移動に車いすが必要になったとき、高齢者の多くが座り慣れたイスから標準型の車イスを使用することになるという、環境移行の問題も残されている。
【図2:特別養護老人ホームにおける生活時間調査(画像をクリックすると別ウィンドウで拡大画像が出ます。)】
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※1〜3:長谷川恒範、数藤康雄:高齢者に適した介護用座位保持イスの開発に関する研究、高齢化に伴う障害発生予防及び介護機器の開発研究報告書、1992年
※4:渡辺秀隆、原鉄哉、齋藤芳徳:高齢者を対象とした木製車イスに求められる機能について、第13回リハ工学カンファレンス論文集、1998年、157〜160頁
※5:齋藤芳徳、原鉄哉、渡辺秀隆:ユニバーサル化を目指した車イスの開発、第13回リハ工学カンファレンス論文集、1998年、241〜244頁
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高齢者のための新しいイスの開発 |
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このような問題点を解決するために、1992年に発表した「システム・チェア」で、イスと車イスのシステム化を図った。このときの概念計画をもとに(図3)、高齢者の身体変化などに“アダプタブル(適応できる、順応性のある)なイス”というコンセプトを加えて、「アダプタブル・チェア」を開発した。
木製の休息用としてのイスが、何らかの身体的な変化で車イスが必要になったとき、屋内で、そのまま車イス(固定シート)として使用できるというものである。施設はもちろんのこと、在宅でも高齢者の「イス式生活」は浸透しつつあり、住み慣れた環境にできるかぎり自立して住み続ける在宅福祉とも関連した視点であり、高齢者の環境移行の問題にも有効であると考える。また、はじめはふつうのイスとして使用することから、福祉用具と意識させないデザインでなければならず、かつ、簡易な部品の取り付けなどで車イスにも使えるというユニバーサルデザイン的な発想が求められた。
ところで、ユニバーサルデザインの究極の目的は、1つのデザインで皆が使えるというモノであるが、1つのモノですべての人のニーズに対応できることはほとんど不可能に等しい。この点がユニバーサルデザインをめぐって生じる誤解である。ユニバーサルデザインに求められているのは、モノをつくるときに、より多くの人のニーズに対応できるようなデザイン的配慮である。
そこで、この開発におけるユニバーサルデザインの実現手法は、高齢者の環境への適応能力が減失していくときに生じるバリアを、特殊解による解決方法ではなく、できるかぎり一般解として解決することを目指している。
具体的には、一般製品としてのイスに、アダプタブルな機能を加えることで、使用者の時系列的な身体変化に対して、柔軟に対応できること。そして、それはより多様な高齢者が座ることのできる環境をつくりだすことにつながっていくと考えている。
高齢者のイスの環境に関するバリアを、汎用性のあるイスを車イスに変えるという、これまで十分に議論されてこなかったニーズに着目することで、一般解としての解決法を目指すとともに、コストの削減やマーケットの拡大も視野に入れている。もちろん、1つのイスでは限度があるため、どうしたらより多くの高齢者のニーズに対応できるのか、さらなる改良によって、デザイン的配慮を加え続けなければならないことはいうまでもない。 |
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【図3:システム概念図の1(画像をクリックすると別ウィンドウで拡大画像が出ます。)、写真右:システム概念図の2】
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図3についてのコメント
- イスユニット(試作)座イスとイス
開発目標を踏まえ、イスユニットに求められた仕様は、以下のとおりである。
- 高齢者の住環境にふさわしい木製であること。
- 大量生産が可能なデザインで、福祉用具と意識させないデザインであること。
- シート部分はクリーニングが可能なように、カバーリングができること。
- 車イスのシートとして使用可能であるとともに、イス単体で使用するときも、高齢者の座り心地のよさを求めること。
- 高齢者が慣れ親しんでいる畳での生活にも対応できること。
- イスユニットに駆動ユニットを取り付けた状態(試作)
開発目標を踏まえ、駆動ユニットに求められた仕様は、以下のとおりである。
- イスユニットを最大限に活用することで、車イスの低コスト化を図ること。
- 駆動ユニットを取り付けるとき、イスから車イスにできるだけ簡易に変更できること。
- 車イスに変化したとき、イスと並べた際にも違和感がなく、高齢者の住環境にふさわしいデザインであること。
- 高齢者の身体変化等のニーズに合わせて各部を調整できる、モジュラータイプの車イスと同等の機能を有すること。
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イスと車イスのユニバーサル化の意味 |
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「アダプタブル・チェア」は、木製の休息用としてのイスが、そのままモジュラータイプ(調整可能タイプ)の車イスとして使用できるようにしたが、今後の課題として、この「アダプタブル・チェア」の使われ方を調査し、それに基づいて、高齢者のイスおよび車イスに対するニーズの把握を行う必要がある。
そして、この作業のもう一つの目的は、イスと車イスのユニバーサルデザイン化の方法論を確立するための知見やアイデアを獲得することにある。とりわけ、この方法論が確立されて普及した場合、以下に示す効果などが考えられる。
- 大量生産できるイスが車イスに応用できることにより、車イスのコストダウンが図られ、デザイン面での向上も期待できること。
- 高齢者が使用するイスの性能向上が求められ、安全でより心地よく使いやすい製品開発に反映されること。
- 従来の福祉用具という枠組みを超えた、ユニバーサルデザインの方向性の指針になること。ただし、福祉用具がすべてユニバーサルデザイン化するとは考えにくく、むしろ福祉用具と意識させないデザインで、一般製品が福祉用具に応用できるという「ユニバーサルデザイン化」を目指す発想が、資源の有効活用という意味も含めて、高齢社会のデザインに求められていると考える。
【写真:SYSTEM CHAIR(イスと車イスのシステム化)第一回札幌国際デザイン賞で佳作を受賞(1992)】
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自分のつくったものを検証し続ける視点 |
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まるでリゾートホテルのような外観の高齢者居住施設をみかけるとき、外観にお金をかけるのもよいが、高齢者の生活のしやすさという、肝心のところが欠けていないかと心配になることがある。
高齢者のモノづくりに関わる人間は、つねに使う側の視点で、自分のつくったモノを検証し続ける必要がある。ユニバーサルデザインの成功の鍵は、われわれモノづくりの人間の資質にかかっているといっても過言ではない。そしてその視点が、モノで解決することのできる、ぎりぎりの限界を追求することになると思う。
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※以上は、季刊「ユニバーサルデザイン」02号(1998年12月発行)に掲載した記事を再編集したものです。
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