21世紀の社会システムをデザインする「ユニバーサルデザイン・コンソーシウム」  
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2.ユニバーサルデザインの事例と動向
 
#11 車から人間中心のまちづくり
 
〜車から人間中心の社会づくりを目指す
 ポートランド広域圏の取り組みポートランド市はアメリカの都市の中で、自動車交通量の極めて少ない町として知られています。市民(ユーザー)の発想で、公共交通機関(電車、路線バス)の整備を行ったことで、車から人間中心の町に生まれ変わりました。
今号では、インテリアアーキテクトの長峰秀鷹さんに、その取り組みをリポートして頂きました。
 UDC(ユニバーサルデザイン コンソーシアム)では、地球規模のネットワークを活用して、さまざまな情報を発信しています。
 
長峰 秀鷹(ながみね ひでたか)
1947年生まれ。武蔵野美術大学卒業。
通産省製品科学研究所等にて、医療施設、デパート、ホテル等のデザインに関わる。
「デザイン都市FUKUOKAを創る会」会長(本誌編集委員)
 
「共生の思想」による新しい街づくりのかたち
供給側からユーザー中心の発想への転換が必要
広域行政機関で問題解決を図る
自然保護のために「都市成長境界線」を設定
「車」から「電車」への転換
自転車利用者の増加を促す運動を実施
「共生の思想」による新しい街づくりのかたち
 
画像:ポートランド市中心部 明治維新以前の日本人には、独自の自然観があった。西欧のように、自然を征服するのではなく、自然を無情と見て、自然を恐れ、自然とともにあろうとする「共生の思想」である。
 海外の先進事例を参考にしつつも、日本の文化的背景に根ざした「共生の思想」をベースに、新しい社会の仕組みを考えていく必要がある。そうすることによって、すべての人々、生き物、森羅万象が豊かに生き続けることができるサスティナブルな生活環境ができあがる。
 都市の主人公はいうまでもなく人間である。都市再開発の考え方は、車から人中心の街づくりへと、大きなうねりとなっている。収集した海外の先進事例をいったん咀嚼し、日本の実状に合わせて、「共生の思想」をベースに組み替え、地域の社会システムに組み込んでいかなければならない。
 私もメンバーの1人である福岡市の市民グループ「福岡の都市づくりと交通を考える会」(座長・福留久大 九州大学経済学部教授)では、天神地区の都市再開発計画に対して、市民の立場から、人間中心の歩いて楽しい街づくりを提案している。ポートランド広域圏の試みは、提案をまとめるうえで、有効な参考事例のひとつとなった。
【画像:ポートランド市中心部】
 
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供給側からユーザー中心の発想への転換が必要
 
 都市は建造物、交通機関、道路、公園、各種インフラで構成されている。多くの都市では、個々の構成要素は機能空間として上手にデザインされているが、空間相互をつなぐネットワークのデザインがなされていないのが現状である。ネットワークを構築する「つなぎの空間」が貧弱だと、それぞれの機能空間は生きてこない。
 機能空間が論理的、左脳的な空間であるとすれば、「つなぎの空間」は右脳的な“遊びの空間”で都市の縁側機能を果たしている。2つの空間がトータルに補完し合ってこそ、豊かな都市空間を創出できる。
 両空間が上手にネットワークされた都市の主人公は、生産側でも、供給側でもなく、利用者、つまり介護される人、歩行者、すべての市民である。街に来る人のさまざまな動機に対応できる、すべての人にとって快適で楽しい街空間である「ユニバーサルデザインシティ」がいま、求められている。
 米国オレゴン州ポートランド広域圏では、行政と市民が一体となって、ユーザー中心の発想で、公共交通機関を核とした都市再開発が進められている。この先進的な事例を通して、都市のあるべき未来像を探ることにしよう。
 
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広域行政機関で問題解決を図る
 
 オレゴン州ポートランド広域圏(メトロ、Metropolitan Area)は、全米でもっとも住みたい地域のひとつとして、雑誌などにしばしば取り上げられている。その理由は、治安のよさとともに、都市と自然の調和が図られていることである。
 メトロは1978年、土地利用や交通分野におけるコミュニティ(3郡、24市)間の役割を調整するために、広域行政機関としてスタートした。執行機関の7名の議員は直接選挙(1選挙区20万人程度)により選ばれる。おもな財源は固定資産税と事業収益で、年間予算は約4億ドル。人口は約130万人で、10年後には180万人に増加すると予測されている。行政区は1200キロ平方メートルで東京都の約55%。
 都市の無計画な広がり、いわゆるスプロール化を回避し、コンパクトで快適な都市環境をつくるために、公共交通機関の整備を柱に、都市再開発が進められてきた。単独のコミュニティでは解決できない問題を、リージョン(地域)レベルで考え直したわけだ。
 1992年、メトロの役割を明記したメトロ憲章が、住民の3分の2以上の賛成をもって可決され公布された。前文には「メトロのもっとも重要な役割は、メトロの管轄する地域の環境及び住民の生活の質を将来にわたって保持し向上させるための諸計画、諸政策の策定である」と書かれている。
 
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自然保護のために「都市成長境界線」を設定
 
 メトロにリンクして設定された都市成長境界線(URB:Urban Growth Boundary、線内950キロ平方メートル)は、1973年のオレゴン州の成長管理政策(Growth Management)により、都市問題、インフラの整備、交通、住宅、自然保護等、さまざまな分野の整合性をもたせることを目的に設置された。
 オレゴン州では、ポートランド広域圏のように急激に都市化が進む地域を都市成長境界線で囲み、都市化の成長をこの境界内に限定し、境界線の外側では開発が禁止され、農業、林業、低密度の住宅建造だけが許されている。
 メトロでは50年後の地域像を示すため、今後の都市成長の目標を設定して、土地制度や交通問題に焦点を絞って、「リージョン2040」を採択した。同ビジョンには水資源、大気の質、緑地帯、公園、農業及び森林地帯の保全など18項目に分け、目標とする都市像が描かれている。
 成長目標の設定にあたって最重要視されたのは市民参加の原則で、1人ひとりの市民の意見が集約されて決定にいたるまでのプロセスが明記されている。
 ポートランド広域圏はオレゴン州政府、メトロ政府、コミュニティ(郡、市)、TRI-MET(公共交通機関の運営主体)の4者が、各々の役割分担を明確にし、 互いに協力し合いながら、都市成長境界線を保全し、歩行者中心の街づくりを目指している。経済発展と環境保全という二律背反するテーマをどのように止揚していくか? 行政と市民が一体となって、この重要なテーマに取り組んでいる。
 成長境界線を越えて開発を行わず、自然を保護するというのが住民の総意である。豊かな自然それ自体が、大きな経済的な価値を生み出していると考えるからだ。
 市長のヴィーラ・キャッツ氏は、「魅力ある街づくりの秘訣は、住民の意見を最大限にくみ上げて行政の施策に反映させ、民間企業とも密に協力していくこと」と、明言している。
 
写真:ポートランド市長のヴィーラ・キャッツ氏   画像:都市成長境界線
 
【写真左:ポートランド市長のヴィーラ・キャッツ氏、画像右:都市成長境界線(画像をクリックすると別ウィンドウで拡大画像が出ます。)】
 
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「車」から「電車」への転換
 
 もともとポートランド広域圏を形成することになった市・郡も他エリアと同じく、1975年頃には乱開発によるスプロール化によって、都心部は慢性的な交通渋滞を起こしていた。渋滞解消を図るため、市民参加型の集会や会議が数多く開催され、調査・研究が約3年にわたって続けられた。
 その結果つくられたメトロ政府は、需要供給のパイを単に大きくする手法である高速自動車道の建設から、公共交通機関の整備へと交通政策を転換した。1986年には、最新型の路面電車であるMAX(Metropolitan Area Express)を導入し、現在では1日約3万人が利用している。
 高速自動車道を使い車で都心部へ乗りつけるよりも、MAXのほうが短時間で都心部に着く。市民はMAXを積極的に利用するようになり、ショッピング人口の増大などで都心部が活性化した。
 メトロ政府が管轄するポートランド広域圏の公共交通機関にはMAXのほかに路線バス(1日約20万人が利用)があり、すべての公共交通機関の運営を司るのがTRI-METである。同組織の最高意思決定機関はオレゴン州知事により任命され、州議会により承認を受ける7人の理事(無給)からなる理事会である。実際の業務は、理事会が任命する総支配人に任されている。
 MAXの運賃は、ゾーンで分けられ片道99セントから1ドル25セント、時間制がとられ時間内であれば何度でも乗降可能である。さらにポートランド市の中心、約2キロ平方メートルのゾーンはトランジットモールを導入し、車の乗り入れを禁止するかわりに、渋滞解消、環境保全、都市活性化などを図るため、運賃は無料だ。このように料金設定を低く、一部無料に設定したことで、利用者は急増した。なおMAXと路線バスは同一パスで、乗り換え可能である。
 渋滞緩和政策をより進めるために、ビジネスマンなどが自宅近くのMAXの駅近くまで車でアプローチし、そこにある無料の駐車場に車を置き、そこからMAXに乗り換える「パーク&ライド」方式を採用している。これがポートランド広域圏の朝夕の通勤風景になっている。
 MAXの駅には、車イス使用者が利用しやすいように、油圧式エレベーターやスロープが設けられている。車両は床高20cmの低床タイプで、駅に着き扉が開くと同時に、ステップ下からプラットホームとの隙間を埋めるアプローチ板が出てくるので、車イス使用者やベビーカーを携行する母子も楽に乗り込める。
 
写真:「MAX」のコンベンションセンター駅   写真:ポートランド広域圏の足「MAX」
 
【写真左:「MAX」のコンベンションセンター駅、写真右:ポートランド広域圏の足「MAX」】
 
写真:ドアが開くとアプローチ板が出る「MAX」の車両   写真:メトロバスは車イス対応型
 
【写真左:ドアが開くとアプローチ板が出る「MAX」の車両、写真右:メトロバスは車イス対応型】
 
写真:バスシェルターのコンピュータ案内板   画像:MAXの路線図
 
【写真左:バスシェルターのコンピュータ案内板、画像右:MAXの路線図(画像をクリックすると別ウィンドウで拡大画像が出ます。)】
 
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自転車利用者の増加を促す運動を実施
 
 メトロ政府は6年前から、環境保全のために自転車の利用を奨励する「Yellow Bicycle Program」を推進している。各所に駐輪場を設置したり、オフィス内にシャワールームを設けるよう企業へ呼びかけたり、市内のスポーツクラブにロッカーやシャワールームの提供を促すなど、自転車利用者の利便性を向上させるのがその趣旨だ。むろんMAX車両内への自転車の持ち込みは自由である。
 同計画は実を結び、オーソン橋での定点観測で1990年に750台/日でしかなかった自転車利用者が、1997年には2,200台まで増えている。
 都心部に設定されたトランジットモールへの乗り入れは、自転車についてのみ許可されている。一般車両を都心部から閉め出したことにより、都心部のみではなく広域で、交通渋滞が緩和され、排気ガスが減少、都市環境が保全されることになった。
 モール内部は、高齢の人や障害をもつ人も含めて、すべての歩行者が快適に過ごせる緑豊かな広々とした空間で、各所にオブジェが配置されている。オブジェは市民の心を癒す仕掛けである。たとえば、水飲み場には「水のオブジェ」が設けられるなど、親水性を高めることにも役立っている。ベンチが数多く設置され、歩道は煉瓦舗装されている。
 モール内のバス停は行先別に設けられ、行先のサインは、高齢の人や子どもにもわかりやすい絵文字が使われている。年間降雨量の多い土地柄を考慮して、バス停は屋根付き。なおポートランド市会議員は全員バス通勤しているという。
 トランジットモール脇には、パイオニア広場と呼ばれるオープンスペースが設置されている。かつて駐車場であったこの空間は、今では市民の憩いの場として、都市の“リビングルーム”の機能を果たしている。
 都心部で車イス使用者をよく目にするのは、自宅から公共交通機関を利用して都心部へ出て来ることができる十分なアクセシビリティが整っていることの証左である。
 
写真:トランジットモール内のベンチとモダンアート   写真:パイオニア広場の人のオブジェ   写真:トランジットモール内の自転車置き場(写真左手)
 
【写真左:トランジットモール内のベンチとモダンアート、写真中央:パイオニア広場の人のオブジェ、写真右:トランジットモール内の自転車置き場(写真左手)】
 
※以上は、季刊「ユニバーサルデザイン」02号(1998年12月発行)に掲載した記事を再編集したものです。
 
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