|
|
|
|
#06 ベビーカーと街のやさしい関係 |
|
フライブルク(独)やストラスブール(仏)などのヨーロッパの都市は、都市計画や交通計画の専門家の間でエコ都市として高い評価を受けてきたが、最近、ユニバーサルデザインの視点でも見直されつつある。今回はカールスルーエ(独)在住の松田雅央氏に、「ベビーカーと街」の切り口でドイツの先進都市の今をリポートしていただいた。
UDC(ユニバーサルデザイン コンソーシアム)では、地球規模のネットワークを活用して、さまざまな情報を発信している。
|
|
松田雅央(まつだ まさひろ)
1966年生まれ。東京都立大学工業化学科大学院修了。
現在、カールスルーエ大学大学院研究生。在独6年。
NPOドイツ環境情報センターを立ち上げ、日本へ生きた環境情報を発信している。
|
|
|
ユニバーサルデザインの心が息づくまち
託児所付きの語学教室
路面電車には車椅子・ベビーカー用のスペース
路面電車の“カールスルーエモデル”
大切なのは他の乗客の手助け
ベビーカー用のスロープ
バス利用もラクラク
すべての人に使いやすく
バリアフリー 〜設備より大切なこと〜
|
|
ユニバーサルデザインの心が息づくまち |
|
「手伝いましょうか?」 ベビーカーを押す人が路面電車に乗ろうとすれば、他の乗客がすかさず手を差し伸べる。
「手伝ってください!」
助けてくれる人がいなければ、逆にベビーカーを押すお母さんが周りに声をかける。
ドイツにユニバーサルデザインという言葉が広く普及しているわけではない。
しかし、路面電車を使っていれば普通に見かける光景から、人々の心の中に息づくユニバーサルデザインの“精神”を感じることができる。
今日は、近郊の町からカールスルーエ市の市民講座へ通う中村さんにご一緒させていただき、小さな子供連れでの路面電車・バス利用とバリアフリーの様子をレポートする。
【写真:市民講座の建物と路面電車の停留所】
|
|
▲ページのトップへ戻る |
|
|
託児所付きの語学教室 |
|
中村さんがドイツへ来たのは1年半前。ご主人は日本企業の駐在員としてフォルツハイム市(カールスルーエ市近郊)で働いている。カールスルーエ市の市民講座でドイツ語を習っている中村さんは、月曜から金曜まで2人のお子さん(真夏ちゃん5歳、あきちゃん1歳)を連れて、フォルツハイム市から路面電車とバスで通学。真夏ちゃんは地元の幼稚園に、あきちゃんは市民講座へ連れて行って、託児所に預けている。
お昼近くに私が市民講座の託児所へ行くと、生後10ヶ月から3歳まで数人の子供達が2人の保母さんと遊んでいた。9時から12時まで預けて費用は6マルク≒370円(1マルク≒62円)と安価。市民講座の事務所で話を聞いたら、保母さんの人件費などの足りない分は市民講座が負担しているそうだ。この託児所ができたのが数年前、州内でも託児所のある市民講座は数えるほどだということなので、ドイツでもまだまだ一般的ではないようだ。が、小さな子供がいても市民講座に通えるし、保母さんも親切だからお母さん達には大好評。中村さんによれば「こういう手厚い制度は日本ではまだまだ」。
さて、中村さんはあきちゃんをベビーカーに乗せてエレベーターで1階へ。路面電車の停留所は市民講座の建物のすぐ前、信号を渡ったところにある。今日は、中村さんにお願いして市民講座から自宅までご一緒させていただき、小さな子供を連れた昼時の路面電車・バス利用と、停留所、駅、街の中も含めたバリアフリーの様子をお伝えする。
|
|
|
|
【写真左:小さな教室を利用した市民講座の託児所、写真右:国籍の違う子供たちが保母さんと楽しそうに遊んでいる。】
|
|
▲ページのトップへ戻る |
|
|
路面電車には車椅子・ベビーカー用のスペース |
|
路面電車とバスの乗車システムは日本とは違い、乗車前に自動販売機で切符を買って、すべての乗降口から乗り降りできる。このシステムにより、乗客の乗り降りは非常にスムーズで、路面電車やバスの停車時間も短くて済む。1回券、4回券、1日券など数種類の乗車券があるが、中村さんは1ヶ月の定期券(147マルク≒9,200円)を持っていた。ちなみにベビーカーと赤ちゃん、6歳未満の子供の運賃は無料。
ドイツへ来たばかりの頃、路面電車やバスに乗るたびに日本との違いに驚いたものだ。白い杖をつく視覚障害者が乗ってくると、障害者優先席に座っていた子供がさっと席をあける。路面電車とバスには必ずベビーカーや車椅子用のスペースが設けてあり、低床車だとベビーカーを押すお母さんが1人で簡単に乗ることもできる。車内でベビーカーをたたむ必要は全くない。
あきちゃんが乗っているのは日本の“B型ベビーカー”だが、ドイツの巨大なベビーカーと比べるとなんだかとても頼りない。「これまで数回、見ず知らずのドイツママから『あなたのベビーカーは小さすぎて、子供の体に良くない!』とおせっかいを言われた。」と中村さんは納得のいかない表情。確かにドイツのベビーカーは大きくて、ごつくて、タイヤがマウンテンバイクみたいで、日本の“A型ベビーカー”よりも大きく頑丈にできている。日本から来た別の若いお母さんは、その大きさゆえ「ドイツのベビーカーを押していると腕が痛くなるから、抱っこしたほうが楽。」と言っていた。気候が寒いこと、石畳が多いことなどが関係しているようだが、列車・路面電車・バスの車内でたたまなくてよいので、あえて小さくする必要が無いのだろう。
|
|
|
|
【写真左:ベビーカー用スペース。利用者のくつろいだ様子が印象的、写真右:ベビーカー用スペース。スペースは必ず乗降口近くにある】
|
|
▲ページのトップへ戻る |
|
|
路面電車の“カールスルーエモデル” |
|
ほどなく、中村さんの乗る“Sバーン5番(以下S5)”がやってきた。このS5は市内は路面電車の線路上を走り、郊外に出るとドイツ鉄道(日本でいえばJR)の線路を走る便利な路線。こういった路面電車の鉄道乗り入れシステムは、“カールスルーエモデル”とも呼ばれ、世界的にも注目されている。Sバーンとは日本語で言えば“近距離都市鉄道”。S5は見たところ路面電車に似ているので、文中では路面電車の一種として扱っているが、車両は路面電車の線路(直流750V)と鉄道の線路(交流15,000V)の両方を走ることができるように作られている。
さて、このカールスルーエモデル、利用者にいったいどのようなメリットをもたらすのだろう?
例えば、郊外に住み、市中心部で働くある女性の場合。
S5がドイツ鉄道に乗りいれる前の通勤経路は:
<自宅→車でドイツ鉄道の駅→列車でカールスルーエ中央駅→路面電車で職場>
であった。通勤時間は片道90分、列車の運行は約1時間に1本、終電は8時。
それがS5の乗り入れ後は自宅近くに停留所ができて、通勤経路は:
<自宅→徒歩でS5の停留所→路面電車で職場>
となった。乗り換えの手間や待ち時間が無くなり、通勤時間は50分に短縮。運行本数も増えて日中は20分に1本、終電は午前1時に。
鉄道は乗客を大量に輸送することができるが、少数の乗客を頻繁に輸送するには向いていないし、路面電車の停留所のように駅を短い間隔で作ることも困難だ。カールスルーエモデルによって、小回りの利く路面電車のネットが、郊外に大きく広がったわけだ。この地域の公共交通を統括するカールスルーエ交通連盟によれば、この区間の利用者数はなんと4倍に増加したそうだ。
この交通連盟とは、その地域にあるSバーン、路面電車、バスなどの会社を統括する組織。交通連盟が運行時間の調整や乗車券の発行を管理しているので、利用者は1枚の乗車券・定期券で地域内のすべてのSバーン・路面電車・バスを利用できる。カールスルーエ交通連盟のモットーの一つは、『郊外から市内まで乗り換え無しで』。カールスルーエモデルの理念をよく表している。
|
|
▲ページのトップへ戻る |
|
|
大切なのは他の乗客の手助け |
|
ただ、このS5は技術的な理由で車両を低車床にすることができず、乗車するには階段を3段登らなければならない。ベビーカーの乗車には他のお客さんの手助けが必要で、今回は近くにいた50代の女性が手伝ってくれた。
中村さんはベビーカーを車内の“駐車スペース”に停めて、タイヤにブレーキをかける。「路面電車は時々急ブレーキをかけるけど大丈夫?」と聞いたら「やっぱり手でちゃんと押さえてないと危ない」そうだ。車両には計3ヶ所のベビーカー・車椅子用スペースがあるが、乗せようと思ったらすでに2台のベビーカーがあり、急いで他の乗降口へ!なんてこともある。それだけベビーカーでの利用者が多いということ。この日も途中でもう1人、巨大なベビーカーを押したお母さんが同じ乗降口から乗ってきた。
午後1時過ぎはちょうど学校の下校時に重なり、車内は子供でいっぱい。小学生はポケモンカードなどで遊んでいる。「ドイツの子供のしつけは決して良くない!」というのが中村さんの感想。確かに、あきちゃんのベビーカーのすぐ横に座っている15,6歳の少年は立っている中村さんに席をゆずる気配が全くない。
|
|
|
|
【写真左:乗車風景。ベビーカーの乗降はごく普通の光景、写真中央:昼時の車内風景。帰宅する子供たちでいっぱい、写真右:街の中にある停留所での下車風景。年配の女性がベビーカー降ろしを手伝ってくれた】
|
|
▲ページのトップへ戻る |
|
|
ベビーカー用のスロープ |
|
中村さんはバスで駅から幼稚園へ行く前に、街でちょっと買い物。フォルツハイムの街は谷間にあるので坂や階段が多いが、ドイツではそういった階段には必ず自転車・ベビーカー用のスロープがついている。「これ、とってもいい!」と中村さん。ただ問題なのは日本のベビーカーの両車輪の間隔がスロープの幅より少し狭いこと。後ろから来た別のお母さんは豪快なウイリー走行でスロープを下っていた。
街の中や列車・路面電車・バス内のベビーカーに対する配慮、さらには育児に対する法律や財政的な援助など、日本よりドイツの方が数段手厚い。しかし、街の児童公園は日本の方が多いし“社会の娯楽”が大人向きに作られていて(語弊はあるが)『ドイツ社会は子供に対して敵対的』と表現した日本人がいた。根底に日本とドイツの子育てに対する考え方や習慣の違いがあるわけだ。
|
|
▲ページのトップへ戻る |
|
|
バス利用もラクラク |
|
さて、今度は真夏ちゃんを迎えにバスで幼稚園へ。ドイツの多くのバスは低車床なので乗り降りが楽だが、最新のバスは停留所に止まると車体が沈んで、床と歩道との段差がさらに小さくなる。以前から、停留所に止まるたび『なんだか車体が横に傾くような気がする!』と思っていたのは、スイッチ一つで車体のサスペンションを上下させることができる運転手の仕業であった。フォルツハイム市のバスにも車椅子・ベビーカー用のスペースがあるが、カールスルーエ市のバスよりも座席2つ分大きい。このように、交通連盟が違うとバリアフリーの基本的なコンセプトは同じでもシステムは微妙に違ってくる。
ところで、フォルツハイムの交通連盟ではICの回数券・定期券を利用している。私がバスの切符を買おうと思ったら、中村さんが回数券を出してくれた。街にある窓口で現金を払い込んでこのICカードに貯め、バスの中にある改札ボックスに差し込んで料金を引き落として使う仕組みになっている。引越しなどでカードが必要なくなれば、また窓口に持って行き、預り金を返してもらえる。このカードはずっと使えるから、紙の切符を使う必要が無い省資源システムだ。
10分ほどで真夏ちゃんのいる幼稚園近くの停留所に着いたが、バスと停留所の間が少し離れていてベビーカーを下ろすのにちょっと手間取ってしまった。「うまい運転手さんだと、ぴったり停留所につけてくれるんだけどね。」と中村さん。真夏ちゃんを引き取り、再びバスに乗って自宅の近くの停留所へ行き、そこから徒歩2分で自宅に到着。市民講座からの移動時間は計1時間半。フォルツハイム駅のホームにエレベータがあれば100点と言いたいところだが、ドイツ鉄道は民営化財政的に苦しいので、いつになったらできることやら…、という感がある。
【写真:フォルツハイム中央駅の階段。すべての駅にエレベーター・エスカレーターが設置されているわけではない】
|
|
▲ページのトップへ戻る |
|
|
すべての人に使いやすく |
|
これも驚いたことの一つだが、ドイツの列車・路面電車には、ベビーカーや車椅子用のスペースに自転車を乗せることも可能である(料金はだいたい大人料金と同額)。さすがに込み合う時間帯は置き場に困るが、週末など郊外へサイクリングに行く家族連れがよく利用する。
ところで、表題“ベビーカーと街のやさしい関係”にも使った“やさしい”という言葉、実はどこか引っかかる。ベビーカーも老齢者も障害者も社会の一員なのだから、他の乗客と同じように公共交通を使う必要がある。それに対して特別“やさしくしてあげる”という言い方は、おかしくはないだろうか。そういう人達も一般の乗客も違和感無く一緒に利用できる事が、望むべき姿のはずである。また、いわゆる交通弱者が使いやすいシステムは、一般の人も使いやすいはず。私も重いスーツケースや自転車を抱えて路面電車に乗ることがよくあるが、低車床だと本当に助かる。
|
|
▲ページのトップへ戻る |
|
|
バリアフリー 〜設備より大切なこと〜 |
|
多くの路面電車路線では低車床の車両が一般的になっていて、ベビーカーを押す人も1人で乗り降りすることができる。さらに最新の停留所では車床と停留所の段差が文字どおり”0”になっており、車椅子の人も1人で乗り降り可能。ただ、中村さんが利用する路面電車S5の車両は、技術的な理由で完全な低車床にすることができないし、ドイツ鉄道の車両入り口とホームには段差がある。そうした列車・路面電車・バスに乗るときのはやはり、他の乗客の手助けが大切になってくる。私もベビーカーの乗り降ろしをよく手伝うし、路面電車が混んでいたら子供連れのお母さんに必ず席をゆずる。ドイツではごくごく当たり前の光景と思っていたが、あるドイツ人の友人は「今の若者は老人に席を譲らないしマナーがなっていない!」と言っていた。この点は世代の違いや大都市と中小都市とで事情が違うかもしれない。
ドイツの列車・路面電車・バスは日本に比べるとだいぶ空いている。日本の大都市のラッシュアワーで駅員が乗客を列車に押し込む光景は、ここドイツでも有名。ありがたいことにドイツではそういう目にあったことはないが、それでも朝夕のラッシュはあるし、中央駅前の路面電車停留所はいつも込んでいる。そんな時はベビーカーを押すお母さんもゆっくりはしていられず「誰か手伝って!」と叫ばなければならない。公共交通でのベビーカーの利用には、まず他の乗客の心の余裕が必要。バリアフリーというと、設備や制度の充実だけに目がいきがちだが、その前提となる他の乗客の理解と協力のほうがより大切だ。
|
|
▲ページのトップへ戻る |
|
|
|
All Rights Reserved, Copyright (C) 1999-2005, universal design consortium, G×K Co.,Ltd |